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夢と目合う ※
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しおりを挟むそれとついでにもう一つ――ユンファさんと結婚するにおいて、俺はできることなら事前に確かめておきたいと思っていたことがあった。
これは男の我儘である。――体の相性だ。
これは渡りに船である。体の相性を確かめるという目的のほうも、風俗店ともなればうってつけといえる。
更に幸いなことに、『DONKEY』はデリバリーヘルス形式の風俗店――つまり客側が指定した場所にキャストが派遣される、という形式の店であった。そうなれば嬉しいことに、ソープなどのように俺が、土地に構えられた実店舗へと足を運ぶ必要がない。
すなわち九条ヲク家生まれの俺の姿を、店の者も含めた他者に見られるというリスクもまた、限りなく少ないといえるのではないかということ。――またその上そのシステムであれば、セキュリティの堅固な高級ホテルのスイートルームを選択することもまた可能である。
しかも『DONKEY』はあれで高級風俗店である。
つまりプライバシー保護の観念が確立された慎重な構えの店、はした金程度で、客である俺の情報をどこぞに流すほうがリスクが高いと判断できる賢い店でもある、ということだ――高級風俗店というのは、割と国内外の重要人物が客層であることも大変多いためである――。
とはいっても、だ。
耳朶に触れたところによると、ケグリの長男であるノダガワ・モウラとあの『DONKEY』の店長との間には、何かしらあくどい親密な絆があるようなのだ。
そしてその両者に嵌められた結果、その店で働かされているのがそう――ユンファさんなのである。
しかもあのモウラはモウラで、ユンファさんに対してある種の所有欲を抱いているようなのだ。
俺が得た調査結果によると、モウラに騙されたユンファさんとその男は恋人関係にあった。
余談だが、ということはゲイの俺にとって至極幸いなことに、ユンファさんは少なく見積もってもバイセクシュアルではあるのかもしれない。
但しそれも現状不確かではあるのだ。
これでぬか喜びなんてことにはならぬよう、この件に関しても慎重に構えて然るべきである。
というのもあのモウラ、胸に一物抱えてユンファさんの苦境の前に現れた聖人面のDick headであるため、ユンファさんが自分のセクシュアリティを加味した上でモウラと交際していたか、というと……はっきり言ってそれは微妙なところである。
聖人の性別などまず誰も問わないものであろう。
ゲイの男だって聖母マリアの胸には抱かれたいものであるし、ノンケの男だってイエス・キリストの恩寵には涙を流して喜ぶものである。――とはいえあのモウラの実態は、ユダよりも薄汚いドブネズミなのだがね。
実はあのドブネズミ、もともとは長年鳴かず飛ばずの売れないホストであったようである。すると売れないにしても何かしら、人の弱味に漬け込んでたらし込んだ末に搾取する術自体は知っていたのであろう。
何よりあの『DONKEY』の店長との繋がりは、どう考えてもその界隈に身を置いていたからこそである。
そうして弱っていたユンファさんのことを上手くだまくらかしたモウラだが――ただ、あのモウラがアダルトショップ『Cheese』の店長となってからというもの、ユンファさんとその男は破局したともそうではないとも、俺は雇った探偵からその両方を聞いていた。……はっきりいって得てした情報だけでは、どうもその辺りは判然としなかったのだ。
俺が手に入れた映像に映っていたモウラは、自分の店では客に実演販売と称して、ユンファさんの体を極安い有償でもてあそばせる際、「コイツは俺の奴隷なんで好きにしていいっすよ」などと吐き捨て、「誰にでも股開くこの便器が俺の恋人? そんなわけ、…キモいこと言わないでくださいよ~。まあコイツは俺にぞっこんだけど、惚れてんのはこのバカ便器だけっすから。さすがに勘弁してください」などと卑劣にも、ゲラゲラ笑っていたのだが……。
その一方であのモウラ、『DONKEY』周辺の人間に対しては「ユンファは俺が結婚前提で付き合ってる恋人なんで、よろしくお願いしますね」などとも折々触れ込んでいるようだ――まあそうでもなきゃ、給料を振り込む口座があのドブネズミ名義で怪しまれないわけもないが――。
さすが蛙の子は蛙といったところである――いやあれはドブネズミだが――。
なお、俺が見た映像の中でユンファさんの表情や目は見えなかった。それは彼がひたすらうなだれて後ろから犯されていたためであり、その声にしてもただ「あっあっあ」と何も感じないよう努め、彼はむしろ悲しみを掻き消そうと過剰なほどの喘ぎ声を出しているだけであった。
実直にいえば判断材料が足りない。
それこそあのモウラは客に更なる金を積ませ、その男に犯されているユンファさんをニヤニヤと眺めながら「キスしてやれよ、ほらもっと舌絡めて」だ、「遠慮なくナカに出ししていいっすよ、お前も孕みたいよなユンファ? お前からも頼み込めよ」などと――到底彼氏とは思えぬ態度で終始彼のことを嘲笑ってはいたのだが……。
かといって――恋人関係に無い、とも言い切れはしないだろう。…もちろん下衆男モウラは別れるべき相手には違いない男だが、ユンファさんのほうは、少なくともモウラがしてくる粗末な扱いに何かしら傷付いてはいるようだったのだ。
その傷付いているのが「自分を騙した憎らしい元カレに酷いことを言われて、便利な道具扱いされているから」なのか、はたまた「恋人以外の人に自分が抱かれていても、むしろそれを楽しんでいる恋人に」傷付いているのか。――信じられないことに、稀にこういった歪な恋人関係にあるカップルは実際にいる。それも特にホストと客の関係性に多いそうだ。
惚れた弱みというのより決して可愛いものではないが、共依存的な関係性になっていてはモウラのような男のおかしさにも気が付けないものらしく、どうも恋人に搾取されていることにさえ目を塞いでしまうというのだ。
要するに――ユンファさんのモウラに対する感情は、映像ばかりではさすがの俺にも推察し切れなかった。
まあ少なくともモウラのほうはユンファさんに対して支配欲、所有欲に近しい歪な恋心を抱いているような目をしていたけれどね。…これほどの美形を「肉便器」だ「性奴隷」だと貶しても許されるという、底無しの支配欲が満たされた陰湿な目付き――それどころかモウラにとっては、(あのような扱いをしておいて信じられないが)ユンファさんはまだ「恋人」の範疇にいるようである。
何ならあのモウラ、いまだユンファさんが自分のことを愛していると本気で思ってさえいるようなのだ。――それがユンファさんにとっての真実なのか否かはまだ、今は何とも言えないがね。
どちらにしても確かなことは、あの度しがたいクソ塗れのドブネズミもそうして、どうやらユンファさんに対してある種の所有欲を抱いているらしいということだ。
それは片や金の成る木というほうか、片や歪んだ恋心のほうなのか――あるいはどちらもか。
しかし、仮にもまだユンファさんとあのドブネズミが恋仲であったとして、一体何が問題だろうか?
なら奪うだけでしょう。それなら俺は、どのような手を使ってでもあのドブネズミからユンファさんを奪い取るだけのことである。――父親のケグリにしてもそうだが、この俺があのドブネズミモウラに劣る点など僅少な一点たりとも無い。
ネズミ相手に狼とはまず勝機しかあるまい?
窮鼠猫を噛む?
――相手が猫ちゃんなら、ね。
さて、所詮ユンファさん無しにはいつまで経ってもうだつの上がらないモウラ本人はともかくとしても、そのモウラとあの『DONKEY』の店長の横繋がりには警戒をしておくべきだ。
いくら個人情報の取り扱いに慎重な高級店だろうがなんだろうが、結局は九条ヲク家のネームバリューが仇となり、情報を売るという格好ではなく、あたかも親密な友人同士の、いわば内輪ノリの世間話的な感覚でモウラに対し、あの店の店長が俺の名を口にする可能性は――正直、ゼロではない。
そして仮にモウラが俺の名を耳にしてしまった場合、俺のことを知っているケグリの耳にもまた俺の名が伝わってしまう可能性があり――ましてあのバカ親子は現在同居しているため、話すタイミングなどいくらでもある――更にその九条・玉・松樹が指名したのはそう……あのドブガワ共が我が物顔で「所有している」などと馬鹿らしい勘違いしている、(本当は俺の)ユンファさんである。
すると今度はあのケグリ、俺が指名したユンファさんからも俺の情報を聞き出そうとすることだろう。
しかも恐らくは今のユンファさんじゃ、俺がいくら「誰にも言わないで」と彼に告げていたところで、ご主人様であるケグリに問い質されたならまず俺の情報など縷々として明かしてしまうに違いない。
それはなぜか?
ユンファさんはあのケグリにマインド・コントロールをされているためである。――ともすれば彼はお仕置きという名の拷問をされて俺の情報を吐かされる可能性もあるわけで、当然のことながら計画が何だ以前に、愛しい人を俺のせいで苦しめることは俺の本意でもない。
そうともなれば俺はこの段階で、ユンファさんにもまた俺の素性、及び俺の計画を悟られるわけにはいかない。
絶対的な成功を望むこの計画においては、できる限りミステイクのリスクは減らした上で、慎重ながらも大胆に挑まなければならないのだ。
――それでいささかは迷ったのである。
実は指名予約に身分証明書が必要であった。
というのも『DONKEY』はインターネット予約のみ、ネット上での決済のみであり――ちなみに風俗店によっては、運転手を兼ねたスタッフがキャストと共に来て代金を精算する、というステップがままあるそうだが、『DONKEY』はそうではなかった――、すると身分証明書をネットで登録する必要があった上、本人名義のクレジットカード以外は使用不可とあったのである。
高級店ともなればそれはいよいよ当然だろう。
大事なキャストを客の都合のいい場所へ派遣する上、必然的にキャストと客はその場所で二人きりにならざるを得ないというのだから、当為それらはキャスト保護の一環といえる。
とはいえ……まさかあの店長に、またユンファさんに、俺が九条・玉・松樹であるということを明かすわけにはいかない。
そのひと粒の情報が巡り巡ってケグリの耳に入ることだけは避けておきたいのである。
それで俺は、身分詐称とはなってしまうが、これもまた必要悪と致し方なし――とある男に、身分証明書を借りることにしたのだった。
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