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目覚まし草は夢を見る
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しおりを挟む待てば甘露の日和あり――?
しかし、もっと幸せになりたいのになぁとただやみくもに空を見上げ、口を開けてただ甘露の雨を待っているだけの者の姿は、まるで阿呆のそれに違いないのである。
『The definition of insanity is doing the same thing over and over and expecting different results.』
“「狂気。それとはいつもと同じことを繰り返しながら、いつもとは違う結果を望むことだ。」”――これは海外で割と有名な格言だ。かのアルベルト・アインシュタインが言ったとも言っていないともされているが、…その通りだろう。自ら動かぬ者が、その場で受けられる恩恵以上の幸福を待ち望むということは、およそ狂気である。
人は変化を恐れる。
しかし変化を望まなければ、今の不幸も変化しない。
それでいて幸福のほうは、その場に留まることを嫌う性格をしているのである。――例えば恋人と長年連れ添えば、ほとんどの恋人は変化を望む。死ぬまで彼氏彼女として連れ添えるはずもない。――その変化とはすなわち、いずれは伴侶となりたい、というものである。
しかしそこで変化を恐れ、プロポーズをしないままでいれば当然、その恋人は去ってゆく。
もう一つ例えるのなら、ただ同じことを繰り返し繰り返しやる仕事の中で、当初こそその誠実性を評価され、幸運に役職を与えられたとしても――部下ができ、役職を得たあとの仕事は、これまでの仕事とは違う。…そこで変化しなければ、あるいは仕事を失うかもしれないわけである。
ではその役職に慣れて、また同じことを繰り返し繰り返し繰り返し…の毎日が訪れたとしても――今度は時代と共に、権威の在り方が変わってゆく。
ひと昔前ならば何でもなかった言動が――今の時代には、パワハラとして懲戒され得るのだ。
一心不乱に切磋琢磨しながら得た経験や技術で一度は天下を取ったとて、どんどん新たな技術、より良いものがどんどんと生まれてゆく世の中で生きている限り、どのようなものにおいても栄枯盛衰はまぬがれない(なお、これは自戒でもある)。
さて、なら今の時代で、幸せになるためには――?
昔はよかったなどと懐古しているばかりで、本当に幸せにはなれるのだろうか?
時代は、自分一人だけを待ってはくれない。時代とは社会である。――亀の甲より年の功を信条とした同じ感覚のもの同士集まり、時代に抗うこともできる。しかしそうして抗えば、これから社会の主導権を握る若者は…どう思うだろうか? きっと若かりし頃にその人は、今の自分のような者をこう言った。
「死に損ないの老害共め。年寄りの冷や水というのも知らないのか? 今の時代を作っているのは俺たちなのに、あのジジイババア共は、いつまでも時代の主導権を握っていると勘違いしていやがる」――そう…言われたいか?
そしてそれと同じ唇で――いや、老いて痩せて薄くなったが確かに同じ唇で――「年上を敬わないなんて、今どきの若者は……」
惨めではないか。この広い世の中で、広い広い世の中で、そんなに肩身の狭い思いがしたいのか?
さて、解決方法がある。それは変化をすることだ。
人が永遠の幸福を得るためには、己が変わる必要がある。他人や社会、自分以外の何ものかに変化を求めるのではなく、己が変わるしかないのである。
幸福とは、時間とともに変化してゆくものだからだ。
子供が生まれたことが幸福であったなら――その子はいずれ、親の要らぬ大人となる。
健康を幸福としても、いずれ人は年老いてゆくものであり、その幸福もまたいずれは去ってゆく。
不動産、金もいずれは、価値が落ちるかもしれない。
驕れる者は久しからず――いつまでも今の自分が持っている権威を笠に着ることはできない。
幸福は変化を好む。
そしてその幸福を得るためには自分がどんどん行動し、どんどん変わってゆくしかないのである。
チャンスが来ることをその場で待つ。確かに、そのようなタイミングを待つ必要があるときも、ある。
ただしそれは、動いたあとの話である。
果報は寝て待て、しかし蒔かぬ種は生えぬ。
棚からぼた餅、それは――棚の上にぼた餅を乗せなければ、端から発生しない幸福なのである。
人事を尽くして天命を待つ――。
やるべきことをやる。求めている方向へとひた走る。
俺が小説家である限り、あの『夢見の恋人』が俺の処女作である限り、俺はあの月下・夜伽・曇華を忘れることなど到底できない。これもまた一つの弊害、彼は俺にとっての枷でもあるのだ。
彼という枷を外すには俺が死ぬか、小説家を辞めて死ぬか、俺が幸福を諦めて死ぬか、…あるいは、などとは残念ながら続かない。月下・夜伽・曇華の無い俺は、死ぬしかない。
だから獣らしく貪婪として追わなければならない。
――生きるために。
はじめから俺は幸福を追いかけた。
――だから俺は一つ得た。
しかしその一つは、俺の見た夢の本懐ではない。
――そういえば単なる、足掛かりであった。
前を見て走れ。もう歩いている時間はないぞ。
――もう十分だ。月下・夜伽・曇華のいない人生は、もう沢山。
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