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目覚まし草は夢を見る
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しおりを挟むまたあるとき俺は、こうした夢も見た。
長身の俺たちが並び横になっても、もっと余白があり余裕のあるベッドの上――夢の中で目覚めた俺の視界に映ったのは、隣ですやすやと安らかに眠っている美しい白い寝顔…やはり銀髪が頬にかかり、ユンファさんは俺のほうを向いて眠っていた。
これはあたかも朝である。俺の右隣に眠っているユンファさんの寝顔は、俺越しの正面からクリスタルのように煌めく透明な朝の光に照らされて、とても綺麗だった。
これほど美しい人を独占しているという喜びが、俺の胸の中にじっくりと広がって振動しては泣きそうになり、俺は彼に触れることすらできなかった。
やがてゆっくりとまぶたを持ち上げたユンファさんは、まだ眠たそうな穏やかな薄目を開けて俺を見るなり、幸福そうに微笑んだ。しかし俺は心が曇るほど心配になって聞いた。
「体調はどう…?」
「…ん…大丈夫」
「それはよかった…、はぁ……」
俺は本気で安堵のため息をつく。ユンファさんは微睡んで目を瞑り、しかし眉を寄せて含みの苦笑いをこぼした。
「…ふ、もう大丈夫だ…。昨日だってあんなに食べて…」
「いや幾分か少ないような気がして…、もちろん無理はしなくていいんだ、…だが、最近また痩せてきたような気がする……」
俺の心配にユンファさんはまた目を開けて、俺のことをなだめようと笑った。その笑みにはどことなく俺の心配を過剰だと諭す、兄のような年上の色がある。
「…いや、最近僕は寝てばかりだろ? だから、多分あれくらいでもトントン…」
「そんなことはない。貴方の体は今…」
「わかったわかった、じゃあちゃんと食べるから。ね」
何か呆れながらも幸せそうに笑ったユンファさんはもぞもぞと体を起こして、ベッドの上に座った。俺も同時に並び座って、隣の彼に聞いた。
「ユンファ、今朝は幸せ…?」
俺は奥歯に物が挟まったような心持ちで彼にそう聞きながら、不安に思っていた。『俺はこのところ毎朝毎晩これをユンファに聞かなればやっていられなくなっている。彼にストレスの欠片を見つけたなら、俺はそのストレスの原因を少しでも早く対処しなければならないからだ。』
しかし幸い、嘘なくすぐにユンファさんはうん、と頷いた。
……自分の膨らんだお腹に添えられた俺の手に、銀の指環が光る左手を重ねて――そのお腹を愛おしげに見下ろしてから、ユンファさんは幸福そうな微笑を俺へ振り向かせる。
「…当然幸せだ。君は?」
「…もちろん、最高に幸せだよDarling…っ」
俺が泣きそうになりながら笑うと、ユンファさんは破顔して俺をからかった。
「最近、妊娠してる僕より君のほうが情緒不安定だな。……」
そのとき何かに「…ぁ……」と気が付いたユンファさんは伏し目となり、しばしそのままで――彼はややあってから、俺に優しく微笑みかけた。
「君も感じた…? 今、動いたよ――。」
こうしたユンファさんとの幸せな甘い夢を見ると俺は、「またあの夢だ」といつも驚いて飛び起きた。――相変わらず俺は、幸福な夢を見ると驚いてしまうのである。
――こんな夢を見てしまったのは、俺が近頃、結婚についてよく考えていたからだろうか?
それとも彼を諦めていたとは姑息な表面上ばかりで、俺は未だあの美青年に拘泥しているのか。
ユメミとカナエをさんざん馬鹿にしていたくせにか?
俺はそう自嘲したあと、次には己を怒鳴りつけた。
聞くまでもないことだろう! 何を馬鹿な!
いや、いや、ではこれは神の悪戯が俺に見せている夢か、はたまた単なる俺の願望か…――いや、単なる願望とはいえ、それはそれで侮れないものである。
しばしば人は眠りの中で、自分が本当に望んでいることを見る。そして本当の望みを知る。それでやっと渇望する夢に気が付くときもある――それはしばしば己さえ知らぬ内の願望だが、その願望には一点の曇りもない。
人の肉体や精神、それらよりももっと人の奥深くに根付いている魂から望む夢を、夢に見る。
魂の導き、それの反対を行けば絶望となるのは、俺の精神や肉体もよくわかっていたことである。――俺はユンファさんのことを諦めようと思っていた。
しかしこの夢は少なからず、神だなんだというのではなく、俺の魂が「彼のことを諦めるべきではない」と伝えてきているのではないかとも考えられた。
転機や機会とはいかにも神が起こす悪戯のようである。
しかしそれは実際のところ、人が起こすことである。あるいはそこへひた走りに向かう衝動こそ神が起こした悪戯なのかもわからないが、やらぬ内にどうせ無理だ、は俺は大嫌いなのだ。
俺はそのような甘えた考えは嫌いだった。
何もしなければ失敗などすることはない。
現状に甘んじて変化を拒めば、不幸になることもない。
俺は多くを求めなければ確かに、多くの人よりも恵まれた、完璧な人生を送ることが叶う。――しかしそのような人生が、俺の幸福とイコールしているというわけではない。
いいや。むしろ――彼がいない俺の人生は、全く完璧だなどとはいえないだろう!
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