ぼくはきみの目をふさぎたい

🫎藤月 こじか 春雷🦌

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目覚まし草は夢を見る

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 ユンファさんのその高潔さときたら、いまだに惚れ惚れとしてどうしようもなく、「好きだ、ああ好きだ」と痺れるほどだ。申し分ないほど容姿も世にも美しい青年。賢く思慮深い性格と、高潔な精神。付け加え……兎にも角にも、ユンファさんは俺の婿として三拍子揃った完璧な人である。その実俺は、彼が五条ヲク家に生まれていようがいまいが、ユンファさんを選んだことだろう(まあ猫も杓子も上手く使うに越したことはないがね)。
 
 容姿こそ月下美人の名に恥じない端麗さがあり、妖艶ながらもどこか壊れそうに儚げな人でありながら――とはもちろん、今彼の名の字を知ってから思うことだが――、精神のほうは何らか弱いところのない、誇り高き騎士、高潔な狼を思わせる人が、あのときのユンファさんだった。
 いや、その容姿にも、月華に染まった銀狼ぎんろうを思わせる聡明で澄ましたところはあるが、それでいてどことなく儚げな美を纏っている人でもあるのだ。
 
 夕暮れの中に幻を探しているかのような、夢見がちな遠い眼差し――目尻のツリ具合は彼の意思の強さを現して、とても高潔そうだった。それでいて真っ白な切れ長のまぶたは恍惚に近くゆるみ、キワに生え揃った黒々としたまつ毛は長く、そのまつ毛の先に重たく宿る憂いは、彼のまぶたを伏し目がちに、彼の瞳を朧げにした。
 高い鼻は男の翳りをもっていた。やや面長ぎみの男らしい、シャープな輪郭もまた、繊細な男の色香を香らせていた。精悍さのある美形でありながら、どこかわずかに中性的な、艶めかしい柔和さ、端正な儚さもあった。
 
 鴉の濡れ羽色――黒が濃く、濡れたような艶のある艶美な髪が、澄明ちょうめいな青や紫を下に潜ませた白肌によく映えて、とても艶めかしかった。
 彼の瞳は、影や光の具合によって群青にも赤紫にも濃い紫にも、はたまた薄紫色にも変わって、あたかもクラックの入ったタンザナイトのようにキラキラと、いくつものさまざまな色を宿して輝いていた。
 艶ののった赤い唇がぷっくりとしていて、とても妖艶な印象だった。それでいて感触は弱々しいほど、とても柔かった。
 彼の男らしく広い肩を、もっとよく眺めておけばよかった。今でこそあの端正な山の裾野をうっとり眺められるのだが、あのときは彼の広い肩からあえて目を逸らしてしまった。――己の負けがそこに広がっていたからだ。
 
 生白の流れるような首筋は長く、ぽつんと浮かんだ喉仏が、白く痩せた大きな手が――彼の体のパーツの一つ一つが、とても男らしいセンシュアル官能美を持っていた。
 爽やかでかろやかな男性の低い声――あの声があっと上擦れば、どれほどの激しい肉欲を覚えることだろう。
 
 それに、あの優しい手――清く美しい手だ。
 あの手にも恋をした。俺を守るように、俺の手を包み込んだ彼の手は、本当にあたたかく気高い手だった――。
 
 艶めかしい魅力をもち、したたかなまでに人を誘惑するようでいて――儚げな奥ゆかしい清らかさがある。
 獰猛な狼のような人でありながら――穏やかに微笑む、月のような人でもある。
 
 なんて気高い人だ。
 なんて美しい人だ。
 
 貴方のその美しい瞳には、僕が見えていただろうか?
 いや、きっと見えていなかった――一度だってあの瞳の中に、僕は映らなかった。悔しいな。
 貴方の美しいタンザナイトの目には、僕はどう見えていたのだろうか?
 頼りがいがなくて非力で、馬鹿で我儘な少年――とても張り合いのない、男とさえ見做されない小さな子供?
 
 どうしたら僕は、貴方の瞳に映ることができるの?
 僕がどんな男になったら、貴方は僕を見てくれるの?
 僕がお迎えにあがるまで、絶対になんかしないでね。
 僕の恋人…僕の夢見の恋人…僕のユメミ――貴方は僕だけのもの。だって神様がそう決めたんだもの。
 僕はこれから先、ずーっと貴方だけを愛すると約束してあげるね。貴方だけだよ。貴方だけ。僕はもう絶対に貴方にしか恋をしない。もし万が一貴方以外の人に僕が恋をしちゃったら、死ぬからそれで許してね。来世では絶対にまた貴方だけ。貴方だけを見てあげるからね。でも――その前に貴方も殺してあげないと、二人で生まれ変わるときに間に合わないかも。
 
 ううん、でも大丈夫。
 僕って凄く一途な男だから。
 絶対に僕も浮気なんかしないよ。安心してね。
 
「……はぁ…、ふふふ……」
 
 あの日からしばしば、俺の呼吸は浅くなった。
 ユンファさんを思い出すと――決まって死にそうだと思うほど、俺の肺や心臓はあの桃の香で浸潤した。すると俺の心臓はむしろもっとよく働いたが、しかし一方の俺の肺は、ひとまずのところ機能を縮小したのだ。
 
 
 それはもちろん――彼を想う時間、素晴らしく甘い夢想に、耽溺するためにね。
 
 
 
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