ぼくはきみの目をふさぎたい

🫎藤月 こじか 春雷🦌

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目覚まし草は夢を見る

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「はは…えっと、え…? 冗談だろ?」
 
「違う、叶うなら結婚したいです、本気で。」
 
 無理もないが、ユンファさんはまだ冗談、いや、俺にからかわれているのだと疑っていた。しかし俺のほうはもちろん本気である。まっすぐにこの思いを伝えようというつもりで、ユンファさんの薄紫色の瞳に、目の焦点を当て続けていた。目は口ほどに物を言う…なんていうのが、今回ばかりは彼の通念上に合致してほしかったのだ――いや、俺ほどその言葉がと断言できる者もいないのだが――。
 
「……ぁ、あっ…あっそう…? あー僕が、君と…? いや、僕と恋人になりたい、ってこと? き、君が…? いや、恋人というか…夫……?」

 混乱しているユンファさんは、愛想笑いのつもりらしい苦笑いで目を白黒させて、明らかにうろたえている。

「はい、…おねが、…お願いします、結婚を前提に付き合ってください!」
 
 しかし俺は、セリフを噛むほど有り余る熱意にユンファさんの片手を取り、胸の前で両手で握って、何度も頷いた。手の大きなユンファさんに、小さく華奢な俺の両手では、どうも格好は付かなかったが。
 ただ真剣な俺は、いまだかつてないほど心臓をバクバクさせていた。俺の心臓が、肋骨の柵の中で体当たりしながら暴れているような気さえしたほどだ。
 
 ついぞ俺の心臓は、生きているのかどうかも定かじゃないほど、ひっそりと大人しい生き物だったはずだ。しかしやっと自分の心臓が忙しなく働きはじめた、というか自分にも心臓というものがあったとは、それほど意外だった。
 
 これほど返答を待ち遠しく思い、これほど良い返事が来ることを願い、先ほど信者となったばかりのエイレン様に祈る俺の心臓はまるで、生まれ変わったかのようであった。――いや、もしかこの俺の心臓は、今にユンファさんに新たに与えられた生命か、俺は彼に心臓まで与えられたのか、…彼の信奉者となった俺は、やっと生きていた。
 
「…え…、うーん……」
 
 しかしユンファさんは、困惑に眉をひしゃげて笑った。
 伏し目になった彼は、俺の手からさりげなく引いた手を、両手を膝に着いた。それからやはり背の低い俺と対等な位置で、改めて俺の目を見てきた。――ただ、やはりその薄紫色はぼやけてどこか、俺に焦点が合わないようである。
 
「……えっと…ありがとう、…ありがとうで…いいのかな、この場合って、…いや、僕にはわからないけど…――とにかくありがとう、君の気持ちは嬉しいよ。…でも…君はまだ子供だから、はは、いや、そりゃあ僕だってまだ子供だ。だけど…君よりは少しだけ、僕のほうが大人だ。」
 
 ユンファさんは微笑んで、俺の気持ちを一旦は受け止めてくれた。
 ただしそれは、今の俺たちの目線のように対等な受け止め方ではない。あくまでも年上として、大人として、子供を傷付けないようにと信じたふりを、一旦は理解したふりをして受け止めた――そのあとに、「君の気持ちはわかった。でもそうじゃないんだよ」と子供に賢く言い聞かせる、これは大人としての保留であった。
 
「…でも君は、きっと…僕が思うに君はきっと、だけだ。今は変にドキドキしてるんだろ? 僕がなぜか魅力的に見えるんだろ。――でもそれは…。」
 
「……、は…?」
 
 俺は心外だった。
 ユンファさんは聡明に澄み渡った目をして俺の目を見ていた。――しかし彼は、俺のことなど見ていなかった。小さくてちっぽけで、年下の少年の俺のことなど、彼は真っ向から見てはくれなかったのだ。
 この美しい薄紫色の瞳の中に、俺は映らない。
 ユンファさんの瞳の中に、俺などいなかったのだ。
 
「……ふふ、まあ例えばね…こうやって」
 
 苦笑いのユンファさんは目を下げた。
 そして彼は、俺の少年らしい華奢な片手を優しく掴み、そしてその大きな両手で、俺の手を包み込んできた。
 あたたかく、俺の小さな手をその大きな手のひらでふんわり、己が持つ優しいぬくもりで包み込んできたのだ。
 
「こうやって僕に手を握られても、別に嬉しくないだろ? きっとドキドキはしても、嬉しくはないはずだ。」
 
「……、…」
 
 ドキドキした。嬉しかった。だが、悔しくもあった。
 俺は、ユンファさんの大きく骨張った白い手のなかに収まり、まるで見えなくなった自分の手を睨み下げていた。
 自分の小さい手が、ユンファさんの大きな手のひらの中に収まりよくあるのを見ていると、全身をあたたかく柔らかい毛布に包み込まれるような幸福も感じたが、それと同時に、自分のそのあまりにも小さい手に失望するようでもあった。
 
 ――だが俺は、このときに強く覚えた。
 ユンファさんのこの白く大きな手を。指が長く骨張って、縦長の大きな爪は桜貝のように整っている。皮膚は真っ白く、その筋張った手の甲に這っている青っぽい太い血管は、尚の事彼の手をうっそりと白く映えさせている。
 この美しい手の感触を、覚えた。あたたかく、しかし痩せて肉の薄い彼の手のひらだが、それでも皮膚は求肥のように柔らかくなめらかで、骨の上にもハリのある薄い肉の感触が確かにあった。少しだけしっとりと汗をかいていたその手は、俺の片手のあちこちに吸い付いてきて心地よかった。
 
「ほらね」
 
 しかしユンファさんは俺の沈黙を、悪い意味での肯定と捉えてしまった。海の中で絡まった藻が、揺蕩たゆたいながらふわりとほどけてゆくように、ユンファさんの両手が鷹揚おうように開き、俺の片手を手放した。
 俺は慌てた。
 
「ち、違います、嬉しかった、…」
 
「…はは、でも君、今ムッとしてたぞ。…いや、じゃあ例えばだけど君、お兄さんとキスなんかできるの? さすがにしたいとは思わないだろ、そんなこ……」
 
「はい。したいです。」
 
 
 俺は慌てながら、固い態度でユンファさんへ迫った。
 今にもキスをしてやろうか、と、顔を前に突き出したのだ。
 
 
 
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