ぼくはきみの目をふさぎたい

🫎藤月 こじか 春雷🦌

文字の大きさ
上 下
464 / 606
目覚める夢

34

しおりを挟む

 
 
 
 
 
 
 
 
 そして高校最後の、文化祭の日…――二人が出会ったあの図書室で、ユメミはあの日とまるで同じように窓辺、夕暮れに染まった空を眺めていた。
 ユメミは夢を見ているような気分だった。…空に浮かんでいる雲を一つ一つ数えて、カナエとの思い出を、一つ一つ数えていたのだ。
 
 するとそこに、カナエも現れた。
 ユメミはもうカナエのことを無視したりはしなかった。せめて最後に、という思いがあったからだ。
 
 ただ、そこでお互いの気持ちを告げることはなかった。
 図書室の椅子に隣り合って座り、いろいろな思い出話や、二人の思い描く将来のことを話した。
 しかしふっと寂しそうな顔をしたユメミが遠く…夕暮れに差し掛かった窓の外を見て、こうつぶやいた。
 
「…だけど、卒業したら…もうカナエくんには会えないかもしれないね」
 
 実はユメミには、親友のカナエにも言えない秘密があった。…それは――ユメミにはもう既に、決まった縁談があることだった。
 
 しかしその縁談は、養父母が勝手に、強引に話を進めたことだ。…そしてもう養父母は、ユメミをその相手と結婚させるという契約書にサインしていた。
 曰く、相手は会社を経営する社長であり、ユメミと結婚できたならば、義家族に経済的支援を約束するという条件であった。…だからユメミは、高校を卒業した時点でその相手――三周りも年上の中年男と、強制的に結婚しなければならないことになっていた。
 
 養父である叔父はユメミに、「なんの役にも立たないお前のようなオメガが、唯一役に立てる場面だぞ。喜んでお受けするな?」――そう強制するよう言った。
 これまで散々養父母になじられ続けてきたユメミは、これまでの虐待の影響でそう強く言われると震えるほど恐ろしくなり、「はい」と頷いてしまったのだ。
 義家族と男と共に席に着いていたユメミに、男は「よろしくねユメミくん」といやらしい笑みを浮かべた。
 そしてその場で、義父が男へこう静かな声で提案した。

「今日はもう遅いですから、こんな家でもよろしければどうぞ一晩、お泊りになっては…?」
 
 そう男に勧めた義父と、その男は何かニヤついていた。
 その夜自分の狭い部屋で、ユメミは寝込みを男に襲われ掛けたが、すんでのところで家から逃げ出した。
 
『カナエくん、助けて……』
 
 しかし、ユメミはふとそう思ってから――またオメガとして、カナエのアルファの権威に縋ろうとしている自分に嫌気が差し、途方に暮れて立ちすくんでいるところを養父に見つかった。
 結局すぐに家へ連れ戻されたユメミは、義父から酷いお仕置きを受けた。――「もう逃げ出さないように、しっかりと言い付けておきますので」…風呂場でびしょびしょに濡らされて、ガタガタ震えているユメミの後ろで、義父がそう言った。
 
 しかし、その夜は男に急な仕事が入り、事なきを得たユメミだった。…そしてその後は、逃げこそしないが男と二人きりになることを避け、部屋の扉にも毎晩鍵を施錠して眠るようになったユメミだったが――。
 
「ユメミくん、もう君は私のものなんだから、これから誰ともセックスをしたり、キスをしたりしてはいけないよ。君の初めてはすべておじさんのものなんだ。それだから高いお金を払ったんだよ。…それに、君がいい子でおじさんの赤ちゃんをたくさん産んだなら、その人数分だけ、君の家族が受け取るお金も増やしてあげるからね。」
 
 表向きは優しい声で、そのような汚いことをいう男。
 するとユメミは毎夜ベッドの中で、どうせ遅かれ早かれなのだ、と絶望した。
 
 そしてユメミはベッドの中、初めて自分の体を認識した。…カナエのことが好きだった。
 
『僕、あんな人嫌だ…。怖い、あんな人とエッチしたくない。あんな人とキスなんかしたくない、結婚なんてしたくないよ。怖い、赤ちゃんなんて産みたくない。――君がいいよ…、ファーストキスも、初めてのエッチも、本当は……』
 
 しかしユメミは、いまだ葛藤を持っていた。
 養父母から散々言われた、子供を生むしか能のない役立たずのヤガキ、所詮誰かに寄生しなければ生きていけない寄生虫、という侮蔑の言葉が、ユメミに絡み付いて逃さなかった。
 
『もしカナエくんと恋人になれたら、どうしよう。きっと凄く楽しくて、幸せだろうな』――そう明るい夢を見られる瞬間と――『カナエくんと恋人になったら、僕はきっとオメガとして彼に寄生してしまうんだろうな…』――きっと自分はアルファのカナエに、依存してしまうのだろう、と、悲観的になる瞬間があった。
 ましてや名家生まれのカナエと、一般家庭も少し貧しいくらいの家の養子である自分では、まず釣り合うはずもないと諦めていた。そもそも男同士では、アルファとオメガで子を成せたとしても、世間の目は冷ややかである。
 
 すると――むしろカナエに迷惑をかけるだけで、たとえ、幸運にもカナエが自分と同じ気持ちであったとしても…それを許さない世間が、カナエの家が、自分の家族が、ユメミにははっきりと見えていた。
 
『カナエくんに迷惑をかけるくらいなら…カナエくんに嫌われてしまうくらいなら、僕はその人と結婚して、叔父さんたちの役に立って…――その人の子供を、産んだほうがいいんだろう。…きっとそれこそが僕なんかにも唯一できる、誰かを幸せにする選択だ。…それに、結婚してしまえばもう後戻りもできないし、カナエくんのことはもう諦めるしかないんだから、むしろそれは最善の選択かもしれない。…だからカナエくんのことは、僕の人生に確かにあった束の間の、本当に素敵な夢だったと思うことにしよう。』
 
 その思いがあってこそユメミは、カナエに「卒業したらきっともう会えないね」と言ったのだ。
 
 
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

カテーテルの使い方

真城詩
BL
短編読みきりです。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

処理中です...