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目覚める夢
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しおりを挟む「…うーん……」
難しく眉を寄せる僕は胸の下で腕を組み、目の前のマシュマロ入りココアを見下ろしながら、小さく唸った。
それでなくとも僕は、恋人関係とはなんたるか、この世の中にごまんといるカップルたちが一体どういう感じなのか、というのは正直、よく知らないのだ。
しかし、まあ恐らく普遍的に恋人関係というのは、キスをする、セックスをする、あとは抱き締め合う…愛を、囁き合う…?
「……、…」
いや、それ…僕が性奴隷としてやってきたことと、一体何が違うんだ…?
それこそケグリ氏とは毎日キスをしてきた、毎日セックスももちろんしてきた、抱き締め合う…してきたな。
しかし強いていえば、ケグリ氏と愛を囁き合ってはいなかったか――ケグリ氏は“旦那様モード”になるとしばしば、「私の可愛いお嫁さん、(エロ下着が)よく似合ってるよ」だとかそういうことは僕に言ってきたが、僕はそれに対してなんの気もなく「ありがとうございます」としか返してこなかった(何に対してもそう言わないと、その人が顕著に不機嫌になるためである)。
それは、厳密にいえば愛を囁き合ってはいない、ということにはなるはずだろう。
あるいは僕も、「ご主人様の大きくて硬くて立派なおちんぽを僕にください」というような、褒め言葉…いや、そういった媚びへつらうようなことは、ケグリ氏に対して毎日繰り返し言ってはきた。
だが、それはすべて自分のためにだ。…ケグリ氏のことが好きだからとかではないし、好かれたいからというわけでもない、まして、僕の本心でその人のモノを褒めていたなんて、まさかそんなこともない(なんなら僕よりも小さいのだから、本心でそんなことを言えるはずがない)。
そもそもそれらは、僕がケグリ氏の性奴隷だったからこそ言ってきたセリフである。…となれば十中八九、愛を囁き合うの範囲外だと見做してもいいことのはずだ。
つまり、僕が彼の恋人として特別ソンジュさんにできること、それは――愛を、囁く(囁き合う)。
…ということなんじゃないだろうか?
「…………」
となれば僕は、先ほど宣言したこと(ソンジュさんからのスキンシップは一切拒まない)と、鬱陶しがられない程度に自分からも積極的にいくこと(日々ToDoリストを完遂すること)、できる限り素直な態度を心掛けること(ただしオーバーな媚びはNG)、それから、ソンジュさんとはもちろん恋人としてキスやセックスをする、抱き締め合う、スキンシップを多く取る、と、それらの他に――僕はソンジュさんと、愛を、囁き合えばいいのか。
とはいえ…これもまた、ソンジュさん相手だからこそ難易度が高くなっている。…愛を、って…――いや、それこそソンジュさんは、僕にさまざまロマンチックなセリフを言ってくださるわけだが、はっきりいって僕には、アレと同レベルのセリフを言えるほどの語彙もなければ、度胸もない。…というか僕なんかに、普通にあそこまでのことをスラスラとたやすく思い付くはずもないのだ。
それこそ「好き」とか「愛してる」とか、せいぜい「大好き」、あるいは「綺麗な目ですね」なんて程度のことしか、どうも僕には言えそうもない――いや我ながら子供じゃないんだから、という語彙力だ…――し、そもそも小説家のソンジュさんが相手では、その辺でも釣り合おうとするだけ無駄だろう。
いや、思えば愛を囁き合うという行為に関しても、結局は『DONKEY』で“恋人プレイ”――いちゃいちゃ恋人っぽい雰囲気でセックスするというプレイ――を求められたときには、そりゃあいくらでも「好き」だとか「愛してる」だとか言われて、そしてそれを僕は同じように「僕も好き、僕も愛してる」と返してきた、ましてお客さんの機嫌をとるために、僕は心にもないことをさまざま褒めてもきたし…――つまりお客さんに求められるままとはいえ、僕は、その人たちと愛を囁き合ってきてしまったわけである。
「…はぁ……」
すると、尚の事わからなくなる。
そうして、相手に見せている夢を覚まさせないために、嘘偽りの愛を形にしてきた僕の唇――それと同じこの安っぽい唇で、「ソンジュさんに対してだけは本気なんです」なんてそんなことを言ったところで、どうも薄っぺらいようだ。
そもそも、好きとか愛してるとか、あまり言い過ぎても軽率なようではないか。…一週間ずっとそう言い続けてしまったら、どうも嘘くさいというか…――難しい。
「……、…、…」
性奴隷としてではなくて…恋人として――強いて…本当に好きな人であるからこそ、強いてそれ以外にできることは、何かないか…――本当に好きな人だからこそ、恋人として、ソンジュさんにだけ特別にしてあげられること、恋人のソンジュさんにだけしてあげられることって、僕にはないんだろうか…。
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