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夢見る瞳
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しおりを挟む「……うぐ、…っかわいい゛……」
「……、…」
へ……?
な、なんだって…――今、ボソッとなんて言ったんだ?
いや、なんとなく今ソンジュさんが「かわいい」と言ったような気はしたのだが、それこそほとんど吐息であったので、あるいは聞き間違えたのかもしれない。
俯いているので、向かい合っていても僕には、ソンジュさんの様子は見えないのだが。
「…かわ゛、いい゛…っ」
「…………」
……これはもう確実に「かわいい」とおっしゃられている。――しかし、いやに苦しげだ。…もしかして首を絞められているのかというほどである(先ほど僕のほうこそソンジュさんに首を絞められたが、もちろん僕はいま彼の首なんか絞めていない)。心配になってきた。
なぜそう苦しげ…いや可愛いと言うにしたって、普通にいえばよいものを…正直、どうも複雑である。――それこそいつものように、甘くロマンチックな低い声で可愛いといってくださるならまだしも……。
「…う゛…っぐう……ぐうぅ……っ」
「……、…」
めちゃくちゃ苦しんでいる…毒でも盛られたのか、ソンジュさん…――これはなんとなく、喜ぶにも喜べない。
いや、そもそも僕が可愛いなんて言われて嬉しいのかどうか、というところからいまだ謎ではあるんだが(さっき変な対抗心で林檎を剥いた僕である)。
「…はあ゛ーかわいい゛、…」
「…………」
なんなら無理してそう言ってないか?
ソンジュさん、とりあえず僕の勇気だけは認めてくださった上で、無下にすることこそできないが、反応に困ってとりあえず可愛い、と言ってるんじゃないだろうか。
それこそ女性だってとりあえずなんでも可愛い可愛い、あーこのケーキ可愛い、あーこのレンガ道可愛い、なんかすごい可愛い、可愛い可愛い可愛い――レディさんもそうだっただろう――と、とりあえずなんでも良いと思ったら可愛いと言うし、とりあえず可愛いと言っておけば角も立たない、安牌だというようだろう。
「可愛すぎる…、…可愛すぎるよ…! あぁ俺のユンファほんと可愛い、…」
「…………」
いや…しかし僕が思うに、そもそもソンジュさんはこう、そういった“可愛い可愛い女子”とは本来対極にいるような人ではないだろうか。
もちろん、決してその女性たちを馬鹿にしているつもりはないのだが、ソンジュさんはいわば、“ロマンチスト全開放系作家様”である。――すなわち彼はこれまでに僕へ、さんざさまざまバリエーション豊かに甘ったるーいロマンチックセリフを吐いてきた人だ。
そして、これまでのそうした語彙力有り余るクジョウ・ヲク・ソンジュという人と今の彼を照らし合わせるに、まずもって反応に困ったとかでなければこうして、可愛いしか語彙が無くなるなんてことはまずないはずだ。
断言できる。
ソンジュさんに限ってそんなことは有り得ない。――これは確実に困らせてしまったようだ。
「……ソンジュさん、お気持ちは有り難いんですが、その、…無理に褒めなくとも、僕は別に……」
「…え?」
「…え。…ぁ、いや……」
いきなり普通に戻った。そして何か不思議そうだ。
意味がわからず、僕は真横に顔を背けた。
いや…これはもしや――発作…?
「…いや、もしかしてソンジュさん…大丈夫ですか…? もしかして、体調が悪く…」
「いえ大丈夫じゃない。今にも死にそうだ」
「…えっ…? く、苦しいんですか、どこが…?」
固い声でソンジュさんから「大丈夫じゃない、今にも死にそうだ」などとはっきり聞いてしまった僕は焦り、何か持病でもあるのかと目を瞠ると、その人を見上げる。
何か神妙な表情を浮かべているその人は自分の胸を押さえ、ふぅ…とため息をつき、目をすうと細めて僕を見下ろしてくる。
「…胸が。この胸が今、とても苦しい。今にも息が止まりそ…」
「へえ…っ? あ、あ、じゃあすぐモグスさん呼んできます、…」
それは大変だ、と僕は体をこの脱衣場の出口へと向けたが、ソンジュさんは「えっ?」と意表をつかれたように慌て、僕の二の腕を掴んで引き留めてきた。
「まっ待って、待ってくれユンファさ、」
「…っちょっと、は? 何、あの離してください、いや、死にそうなのにそんな悠長な、」
「…は?」
「……はあ…?」
僕らがお互いにきょとんとした顔を見合わせた、そのタイミングで――…ガチャリ。
そこで、この脱衣場の扉が開いた。
それはモグスさんだった。――その人は顔を見合わせていた僕らが一斉に振り返るなり、きょとっと一瞬呆気に取られたが、…すぐにニコッと笑った。
「……? もう~お前たち、仲良し過ぎぃ~。なる早って言ったでしょおん、おじさんはぁ…ははは、もういい加減飯食いません? とりあえず飯食ってから続きにしてくれや」
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