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夢見る瞳
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しおりを挟む「…いつもは怜悧なお顔立ちの、ご自分のそのお綺麗な顔が、今は…――こんなにも恍惚とした、艶めかしい表情となって…俺の情欲を煽っている…。少し恥ずかしくなって、ドキドキしませんか…? ふふふ…」
「……、…、…」
僕は、見てしまった。
目が合った…自分の淫らに潤んだ瞳と。鏡の中に映る自分の、いやらしい顔を見てしまった――潤んだ薄紫色の瞳は揺れて浅ましく懇願するようで、切れ長のまぶたは恍惚と緩んで物欲しげ、頬や耳の上あたりがじゅわりと滲むように紅潮しているのは、まるで悦んでいるようだ。…肉厚な自分の唇は半開き、カタカタわずかに震えている下唇は、…今にも卑猥なセリフを口にして、人を誘いそうだ。
いやらしく、浅ましく、セックスのことしか考えていないような――淫乱マゾ奴隷の、不細工な顔。
「……っ」
僕は嫌悪感に眉を顰め、さっと目を逸らした。
斜め下に瞳を遣る僕は――見たくない。
自分の顔が怖い。というか、不細工な自分を見るのが怖い。醜い自分が発情している顔なんて、あまりにも下品でもっと醜くなった、本当な最低な顔だ。――こんな顔をソンジュさんに見られていたかと思うと、ぞわりとした悪寒を覚える。
「……、…ごめんね、ユンファさん…俺は、ちょっとだけ意地悪をしてしまおうかと思っただけだったんだ……」
ソンジュさんはしおらしくそう謝ると、僕の肩から二の腕を優しくゆっくりと撫で下げつつ、どこか悲しげに。
「…ごめん、わかっていたはずなのに…俺が悪いよ、ごめんね。…醜形恐怖症か…でも、貴方の瞳には今、あのケグリたちのせいで、妙な色眼鏡がかかっているだけなんだ…――貴方はこんなにも綺麗なのに……」
「……いいえ…」
唇を動かさず、小声で否定した――僕の頭の中で、怯えた声がこう言う。
僕は綺麗じゃない、僕は不細工だ、僕は決して美しくなんかない、自分の顔なんか大嫌いだ。
「…ユンファさんは…ご自分のことをもう、不細工だとしか思えなくなっているんだね…。でも、それは貴方のみならず、周りの人間にとってもあまりに残酷で、かつ、あまりにも非現実的な思い込みだ。それは真実じゃない。何もかもが嘘だ。貴方が今鏡の中に見付けたものは、全部悪い幻だ。――俺は本当に憎いよ、あのケグリたちが……」
ソンジュさんはグゥ…と短くも低く唸るも、すう、と僕の目元に――自分の大きな両手をのせて、くすりと笑う。
「…でも、見たくないのなら、今は何も見なくてもいい。だけれど、どうか知っていてほしい…――。」
「……、…」
ソンジュさんのあたたかい手のひらが、僕のまぶたを、僕の眼球をじんわりとあたためる。――こうして目を塞がれるととても心地良くなって、気持ちが落ち着き…僕は薄暗い中で、そっと目を瞑った。
すると、ソンジュさんの少しおどけたような囁き声が、よく聞こえるようになる。
「ユンファさんの美しい容姿に魅了されて、今にも狂いそうになっている男が、今此処にいるということを…――そしてついでにいえば、実際貴方の魅力に誘われて狂ったのが、あのケグリたちである…ということもね……」
「……、…」
ソンジュさんのその言葉にドキッとした僕の顔が、わずかにぴくりとしてしまった。――こんなにロマンチックな言葉を言われている自分が今、夢の中にいるような心地さえする。まるで現実のようには思えないほど、とても甘い時間だ。――やっぱりソンジュさんは、王子様のような人である。
「それに…あくまでもトリカブトの毒…附子は、誰かを不細工にするものだ。…トリカブトそのものは、とても凛々しくて美しい花を咲かせるんだよ。…ユンファさんは、まるでトリカブトのようにしゃんとした、凛々しい美しさを持ち合わせていながらも…月下美人のように艶めかしく華やかで、それでいて儚げな美しさも持っている…――美しい貴方の隣に立つと、あるいは誰しもが不細工に見えてしまうのかもしれないね。…」
「……、…」
――トリカブト、月下美人。
たとえば僕以外の人が、ソンジュさんのこの言葉を聞いたなら、あるいは「突然何をいうんだ」と訝しむかもしれない。――だが、僕にはそのように訝しむ気持ちはない。
なぜならその二つの花は――僕の、誕生花だからだ。
僕は誕生花だ、誕生石だ、そういったロマンチックなことには疎いほうである。…ただ僕の曇華という名前は、僕の誕生花である月下美人から付けられているのではないかと、そのように考察していた時期もある。
今となってはどうなんだか、僕の実の両親の名前から一文字ずつ、ということなのかもしれないとは思うが――そのことを知る以前の僕は、自分のことをよく知りたかった。
どうしたって養子である僕は、劣等感から自分の出生の秘密を解き明かしたかった時期がある。…だから手始めに誕生日である7月19日を調べ、するとネットで、自分の誕生花を知るに至った。
だから知っているのだ。そしてソンジュさんも、僕の誕生花が月下美人とトリカブトであることを知っているのだろう。…だから彼はあまりにもロマンチックな、このセリフを僕に言ってくれたのだ。
ちなみに、トリカブトの附子とは――トリカブトは花から茎から何もかもに毒があるのだが――附子は殊に毒性が強いとされる、トリカブトの根のことだ。
そしてその附子は、ブス…不細工、不美人の語源になったとされている。…というのも、毒であるトリカブトを摂取した者の顔が苦しみから醜く歪む、あるいは生き残っても、後遺症として顔面麻痺が残ることもあるため、どのような美人でも、トリカブトの毒にかかれば醜くなる…――というような経緯で、トリカブトの附子は、不美人を意味するブスの語源になったともいわれている。
そういったところからソンジュさんはきっと、「トリカブト自体は美しい、トリカブトこそが誰かを醜くする」のだという旨を言ってきたのだろう。――はっきりいってそれをそのまま真に受けることはとても恐ろしいようだ、まさかそんなわけはないとも思うが、今の僕への慰めとしては有り難く受け取りたいと思う。
そしてソンジュさんは、僕の耳元で優しくこう囁いた。
「貴方は本当に美しいよ…。とても綺麗だ、ユンファ…、こんなに美しい人に惚れてしまった俺はきっと、面食いなんだ。ははは…」
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