ぼくはきみの目をふさぎたい

🫎藤月 こじか 春雷🦌

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目が回る

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 相変わらず僕の首をゆるく絞めながら、泣きそうな顔をしたソンジュさんが、僕のほうに沈んでくる――そして彼は、切羽詰まった声でこう言ってくるのだ。
 
「…嫌だよ…ねえ俺のユンファ、生きて、生きてよ、生きて…俺を置いていかないで、駄目だよ、ちゃんと息をして…ちゃんと生きて、怖いよ俺、生きてよ、死なないで、俺をこの地獄に置いていかないで…――。」
 
「……、…――は…、う、ん……」
 
 僕はソンジュさんの背中を抱き寄せて、撫でさすり…また呼吸を始める。苦しい呼吸をだ。――苦しく生きるための、呼吸をだ。
 そして耳元でゆっくり…ゆったりと…自分に言い聞かせるようなソンジュさんの、声が。
 
「ユンファ…まだ俺は、まだ貴方に優しくできるよ…大丈夫、殺したりなんかしないよ俺…問題ない、問題ない、問題ない…貴方に生きてほしい、貴方には世界で一番幸せになってほしい…俺は貴方を愛してる…逃げていいよ…愛してるから…だから…――だから…、もう少しして……そうだな…、うん…今夜くらいかな…?」
 
「……、……」
 
 …だが僕は、ソンジュさんの中にいる、悪魔のように荒々しい狂気の神様のほうも、心優しく繊細な神様のほうも、どちらも愛しているようだ。…どちらにしてもソンジュさんなのだ、どちらも彼のかけがえのない一部である。
 そしてどちらの顔をしていても、どちらにしてもソンジュさんは、僕のことを愛してくださっている。愛の形が違うだけ。だから――僕はもう、怖くない。
 わざとらしいほどゆっくりとした言葉は、まるで僕の首を絞める時間を引き延ばしているようだ――ヒューヒューとかろうじて呼吸はできているものの、やはり苦しいには苦しく、僕の頭は酸欠でじわりと痺れてきている――でも、もうそれはそれだ。
 
「……抑制薬を飲んでいるから少しだけわかりにくいけれど…俺はアルファだからね、本格的にオメガ排卵期が来たかどうかはわかるから…――だから今夜…貴方の体の準備が、完璧に整ったら……」
 
「……、…、…」
 
 そしてソンジュさんは、楽しそうな笑みを含ませた、上擦り、震えている声で。
 
 
 
 
「……確実に、俺のつがいにしてあげるね…――っ!」
 
 
 
「……、…、…」
 
 つ…――僕はハッとした。…ビリビリと痛んだうなじに、今猛烈な恐怖心を覚えて身が竦む。
 僕が怯えて見上げるソンジュさんは、僕の首を緩く締めながらニコニコして、興奮気味にこうまくし立ててきた。
 
「…あはははっ…だってユンファは俺から逃げようとした、もしかしたらまた逃げようとするかもしれない、俺のことを拒むし、俺たちの運命を否定するから――貴方が悪いんだ、これはあがないだ、ユンファにはもういい加減ちゃんとわかってもらわなきゃいけない、貴方の髪の毛の一本からこれから切って捨てるだろう爪も何もかも全部俺だけのものだ、ははは、だからもう今夜俺たちつがい一つになろうね、悪いのは貴方だ、仕方がないことなんだよ、わかるよね」
 
「……ひ、…ふク、…ッ」
 
 痛い、僕の首に彼の尖った爪がじわじわと刺さってくる。怖い、まるではしゃぐ子供のような幼気いたいけなその調子が、より一層僕の恐怖心を煽ってくる。
 ――しかしソンジュさんは相変わらず、はしゃいだ子供のようにこうまくし立ててくるのだ。
 
「そうしたらさすがの貴方だってもうわかるはずだよ、それにつがいになってくれたら今回のことは許してあげる、あはは、そりゃあ俺にも悪いところはあったけれど俺から逃げるなんて、一番愚かな選択をしたのはユンファなんだ、言葉だけじゃ足りない、ごめんなさいとかすみませんでしたとか申し訳ありませんでした、そんな言葉俺は要らない、俺が欲しいのはユンファだけなんだ、ユンファの肉体精神魂そのすべて、だからちゃんと一生身をもって償ってね、俺のつがいになって、俺無しじゃもう生きてゆけなくなってくれたら…――、許してあげるね…! ユンファ、本当に大好き、愛してるよ……」
 
「…………」
 
 ソンジュさん…いや。
 …ソンジュのその声は、どこまでも優しかった。
 それでいて、どこまでも純粋にはしゃぐ無垢な子供のように嬉しそうであった。――しかしその次に聞いたのは、天国…光に満ち満ちた天国で聞こえてくる――神様の…厳かで神聖な、優しい声。
 
「…もう俺から逃げちゃ駄目だよユンファ…わかった…? 俺たちは結ばれて、一つになる運命なんだから…、次は無いからね…? 貴方は、自分のためにも俺のつがいにならなければ…、ねえ…つがいにされるからって、また俺から逃げたら…――そのときは本当に、…ふふふ……」
 
「……、……」
 
 
 逆らってはいけない…僕がそう本能的に思う、この声。

 
 
 
 
「…ぶっ殺すから…――。」
 

 
 
 あまりにも軽率な調子の声、そこではたと離れた手――僕は顔を横に向け、背中がやや浮くほど大きく咳き込む。
 
「…っガは、ゲホ、ゲホゴホ、ッゴホ、…はぁ、は、…」
 
 あ、僕、…――あ、やっと息、ちゃんと、…苦しい、
 
「…とりあえず、俺のクソ親父とクソババア殺したらいいんでしょう…? 確かにアイツら邪魔だものね、大好きなユンファと同じ気持ちで嬉しいな…、ふふふ…俺も昔からずーっと殺してやりたいと思っていたから、ちょうどいいよ…。アイツらがいなくなったら…そうしたらもうユンファは、何も心配しないで俺のものになってくれる…、そうだよね…?」
 
「っち、違う、それは…っ」
 
「じゃあちゃんとつがいになってね。…あーあ。ユンファが悪いんだよ…――俺はもっとロマンチックに、貴方を俺のつがいにしてあげようと思っていたのにな……」
 
「……はぁ……っはぁ…、は……っ」
 
 違う、マズい、僕このままじゃ、――無理やりつがいにされてしまう、違うそれより何より、…殺すつもりだ、僕がつがいにならなければソンジュさんは、僕が何よりも懸念している存在――まずは認められるかどうかが重要だ、と僕が言った――自分のご両親を、殺すつもりだ。
 それは駄目だ、それだけは駄目、駄目なんだ…駄目、な…はずなんだ…――つがいには…駄目…なんで、駄目……?
 
 
 ――なん…だっけ…?
 
 
「問題、ない…問題ない……」
 
 
「……はぁ…、…――?」
 
 
 そう…何も問題はない…問題ない…何も問題はないはずだ…想い合ってるのだからこんなに、僕らはこんなに愛し合っている…それなのに――なぜ僕は、ソンジュさんのつがいになったらいけない、んだった…――?
 そう思うだけでこんなにも、胸がときめき――僕は今にもイきそうになっている、こんなにも嬉しくて、気持ち良い…幸せだ、好き…好き…好き…好き…好き…好き…こんなに求めてもらえるなんて嬉しいな…殺したいほどに愛されて、とても幸せだ…大好き…大好き…大好き…大好き…大好き…大好き…むしろつがいにしてほしい…つがいにしてください…だって僕はソンジュさんとずっと一緒にいたいから…――どうでもいい…どうでもいいよ…彼のご両親なんかどうでもいい…死んじゃ…――違う、駄目に決まってるだろ、僕も彼もどうかしてるんだ今、
 
 
「……、…、…」
 
 どうしたらいい、どうしたらいいんだ、どうしたら、どうしたらいいんだ、――ぐるぐるぐるぐる目が回る。
 
 
 
 
 
「っ無責任だが、…取り返しがつかなくなる前に俺から逃げろ、…ユンファさん…――っ」
 
 
 
 
 
    つづく
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