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翳目 ※
28※
しおりを挟む「……ねえ、どうして…?」
「……え…?」
怒りに唸っていたと思ったら、どこか悲しげでありつつもうつろな声でそう言うソンジュさんに、背筋がゾクリとした僕は、
「……っんぐ、!」
後ろから抱きすくめられ、口元をガバリと大きな手に塞がれた。
「…もういい子で…俺のつがいになろうね、ユンファ…? 俺と結婚しようよ…ねえ、どうして…? どうして貴方はそうやって、俺たちの運命に抗うの…?」
「……っ! ふ、…ふ…っ」
ヤバい。
これは…ソンジュさん、また正気ではなくなっている。
彼、こうなると何をするかわからないのだ。――それこそさっき、僕のニップルピアスや首輪をズタズタに切り刻んでいたソンジュさんだが、…僕がそうされかねない。
「……そうやってあれこれ言って、結局俺から逃げるつもりなんでしょう…――ふふ…なら俺はユンファのこと、もう逃げられないように、つがいしなきゃいけない……だけれど、それは仕方がないことなんだよ…? もうぜーんぶ諦めようね…、だって嘘吐いて、俺を裏切って、俺から逃げる貴方が悪いんだから……」
「……ん゛っ…!♡」
僕がビクンッとしてしまったのは、僕自身を下着の上から優しくも掴み、くちくち扱いてくる、その大きな手のせいだ。――バチャ、と僕の手にあるティーカップから冷めたミルクティーがこぼれる。
僕の耳元で「いけない人…」といやに艶っぽい声で言うソンジュさんは、僕の手からティーカップを取り上げ。
「…見て、ユンファ……」
「……ふ、……ふ…っ」
僕の目の前で握り締められたティーカップが、…バリンッ――彼は片手で、そのティーカップを握り潰した。…ボタボタと滴るミルクティーと、…彼の手から流れる赤い血。それらで濡れる、僕の足の甲。
「…俺の血を見て…? ほら、落ち着くでしょう…?」
「……ッ、…ッ、……ッ」
落ち着く、わけがない。
この力で首を絞められたら、…むしろ、腹の底から沸き起こってくる恐怖が僕の胃をガクガク揺さぶり、体もガクガクと震え、――バラバラバラ、と床に落とされてゆく陶器の破片が、僕の足の甲にチクリと落ちて、あるいはピトリとミルクティーや血をまとった破片がくっつく。
「…俺の血をあげる…、ユンファには何でもあげる…、俺の血を飲んで、落ち着いて……」
「……ッんう゛! んん゛…ッ!」
さっと手を変えられた。
僕の口を塞いでいた手を、その血まみれの手に変えられたのだ。――鉄の匂い、甘ったるいミルクティーの匂い、ベタつく。…べっとりと血かミルクティーかわからないものが、僕の口元に擦り付けられる。
僕の目は見開かれ、生理的な嫌悪感に目が泳ぎ、脂汗が止まらない。ガタガタ震えてしまう体、痙攣しているような僕の腹を、もう片方のソンジュさんの手がすう…と恐ろしいほど優しく撫で下げる。
「…いけない人…俺から逃げるだなんて…――俺の中にはね、時折抑え切れないほど暴れる、悪魔がいる…、知ってるよね…?」
「……ふ゛…っグ、んぅ、♡ …ゥ、♡ んん…っ」
嫌、…いや…――やめろ、駄目、いや…――だめ…だめ…――下着越しに扱かれる僕自身に、呑気にも感じてしまう自分が嫌になる。
「…愛するユンファに、どこまでも神様面をしたい俺と…――ユンファを愛しているからこそ、悪魔のように酷いことをしたくなる俺…、ふふふ…偽善だよ所詮、本当の俺はきっと…こっちだ……」
「んは…っあ…♡ あぁ…っ♡ ぁ、だ、だめ……」
駄目…だめ…――口をふわりと解放され、いまだ鉄臭いミルクティーの匂いに口元をふわりと覆われながらも、ソンジュさんの手のひらの中で喘ぐ。
だめ…なのに…――大きな手に自身全体を包み込まれ、ぬちぬちと全部をじっくり扱かれるとどんどん力が抜けて、腰が動いてしまうのだ。――ましてや僕は今、オメガ排卵期が来ている。…全身がいつもより、敏感になっている、せいだろうか。
「そうやって…まだ俺のことを拒むんだね……」
「…あ…っ♡ あ…♡ うぅ…だめ、…ソンジュさん、…」
僕は泣きながら顔を横に振った。
拒む、というより、いや拒んでいるのだろうが、何より怖い。…下着に入ってきた彼の手になす術もなく、くちょくちょともはや明らかに、扱いてくるその手――生で触れられるとより刺激は確かになり、下腹部がピクピクと跳ね、股関節がくねる。
「…ふっ…駄目、駄目、駄目って拒む癖に…可愛いなぁユンファは…、もうとろとろになっちゃったの…? おちんちんをくちゅくちゅ扱かれるのが、そんなに気持ちいいんだ…、よかったね…?」
「…あぁ…♡ ぁ…♡ ぁぁぁ…♡♡♡」
僕は深くうなだれて、声ももう抑えられない。
ソンジュさんが怖い。…この快感が怖い。
このまま理性を失い――ソンジュさんにすべてを委ねてしまいそうな自分が、…怖い。
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