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翳目 ※
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しおりを挟む「これは一つ…俺の人生の目的であり、俺にしか成し遂げられないであろう使命でもあり、そして、俺の叶えたい夢でもあるのです。――そう…それはもちろん、ユンファさん…タンザナイトの瞳をもった、貴方の存在にもかかっている。」
「…………」
下手に甘ったるく口説かれるより、正直いって僕はこのほうが揺らいでいる。
それは…僕にとってもまた、夢がある。
はっきりいって、ソンジュさんのその夢と僕の夢は、どこか一致するところがあるようだ。
僕はかねてより、この世の中を良く変えてゆきたいと願ってきた。――そして条ヲク家のシステムを変える、ということを長い目で見れば、やがて世間にも影響があるはずなのである。…なぜなら条ヲク家は、このヤマトの主要人物となっている人々も多く、また世間のベータの人々は、いまだアルファである条ヲク家をヤマトのリーダーだと認識している節があるからだ。
ましてや、その条ヲク家を束ねることとなるクジョウ・ヲク・ソンジュという人――影響の大きなその人との、結婚。
するとその結婚は、僕の念願である世の中の改革…その足掛かりとなるんじゃないかと、僕は胸が膨らむような思いがある。――まして、彼の地位を利用するための結婚、ということでもない。
いや、一部そのようではあるが、事実僕らは想い合っている。その上での共同作業となるということなのだ――つまり、なんら罪悪感や気後れなどはなく、愛するソンジュさんと共に、爽やかに協力しあって、お互いの夢を叶えてゆけるかもしれないのだ。
「……、…」
僕の、夢だった。
オメガだから、性奴隷だからと虐げられているだけで、僕の人生は――本当に、それでいいのか。
それで終わっていいのか、僕の人生は――ある意味ではオメガとしてありふれた人生を、歩んで終わる。
本当に、それでいいのか――?
「そして、もう一つ。…貴方は本当に、俺の“運命のつがい”だ。すなわち、俺と貴方がつがいとなれば――世間は、俺たちを祝福することでしょう。…この世界に32組しかいない“運命のつがい”…その“運命のカップル”が、このヤマトに誕生するのですからね……」
「…………」
甘さを帯びたソンジュさんの声…するり。
僕の鎖骨の中央を撫でたのは――タンザナイト。
いつの間にかソンジュさんの手に渡っていた、タンザナイトの黒いチョーカーが、ふわりと僕の首に巻かれる。
「…そして、むしろ…ユンファさんが性奴隷であったことに関しても、俺は隠す必要などないかと思っています。…考えようによっては、その経験を積んできた貴方こそが、このヤマトのオメガたちを救えるかもしれない…――“運命のつがい”の影響は凄まじいものですよ。…そのような貴方が、オメガにして幸福のアイコンとなり…貴方こそが、世に不条理を説く……」
「………、…」
それは…――僕の、夢。
涙が滲んできた。――希望が見えてくる。
それなのに、首に巻かれた柔らかな、この首に巻き付いた軽い、優しいチョーカーが――僕の首を締めてくる蛇のようにも感じて…目が霞む。
「…あの映像やら写真を消させたのも、そのためですしね…? もちろん俺は、世間の好奇の目から、ユンファさんのことを全力でお守りいたします…――しかし…その上で、俺たちが誠実に愛し合っている、唯一無二の“運命のつがい”だ、ということを、世間に知らしめれば…むしろ…シンデレラストーリーというように、俺達のことは美談、とさえ扱われるかもしれません…」
「……はぁ…」
どうしてだろう。
夢のある話だ。――しかし怖い。
うなじで留められた細いチェーンにゾクリとする。
どうしてもこのチョーカーが、僕のことを守りながらも縛り付ける、首輪に感じている。
怖じ気付いているのだろうか。
それともこれは、本能の警告なのか。
わからない。――何がこんなに怖いのか。
「…またもちろん俺は、ユンファさんとしか結婚をしません。…そもそも、貴方が“運命のつがい”である以上、これでつがいとなれば…俺の両親もそのことを、認めざるを得ないのですよ。――皆までいわずともご理解いただけているとは思いますが…俺は、貴方とつがえば…他の誰のことも、もはや抱けなくなるのですから……」
「………、…」
甘い言葉。
蛇。――人間をそそのかす蛇。「俺は貴方だけを、永遠に愛します…」その、誘惑の甘い声。
「…それにね…俺たちが大々的に結婚し、貴方が受けた被害を公表することによって…世間は、あのケグリたちのこれまでの所業を、大いにバッシングしてくれるに違いありません。――すると今後、あのケグリたちを裁くにおいてもこの結婚は、有意義なものとなるかと。…世論は…大なり小なり、裁判官を、揺さぶります。」
「…………」
あまりにも上手くいきすぎだ。
そうなったら、あまりにも上手い話である。
『この林檎を齧ったら――神様のようになれるよ。』
「…どうですかユンファさん…? この話を聞いてもなお貴方は、それでも俺と――“婚姻契約”という形で、結婚をしたいと思われますか」
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