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翳目 ※

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「…だから、できま…」
 
「っ俺は。どんな手を使ってでも貴方と結婚する。…この一週間以内に、絶対に。…」
 
 その強い調子で凄まれ、僕は言葉に詰まる。
 ソンジュさんはふっとうつむいた――狼の顔…かなり険しくなり、それでいて彼の淡い水色はうつろに翳っている。
 
「…ユンファさんはわかってないんだ、何もわかってない、わかってないくせに、なぜ端からできないできないと言うんだ、…否定から入る、やりもしないで、俺の話も聞かないで、俺のことを見てくれない、やる前から何もできない、どうせ駄目だ、お前になんかできるはずがない、やってみない内に決めつけて、…っそれじゃまるで、…」
 
「………、…」
 
 これは…――駄目だ。僕は、そう直感した。
 いや、僕は間違えてしまったのだと、今に気が付いた。
 
「…っまるで俺の父親みたいだ、…どうして…、…どうしてですか…――なぜ、駄目なんだ…? 貴方は俺を愛してる、俺もユンファさんを愛してるよ、…俺はどうしても貴方と結婚したい、貴方じゃなきゃ嫌なんだ、どうしても…生きてゆくために……」
 
 ほとんど泣いているソンジュさんのその切ない声に、僕はもう反論はしないと決めた。
 
「…ソンジュさん……」
 
 ソンジュさんは――もう今は駄目なのだ。
 もうこれ以上何を言っても、また彼…癇癪を起こすだけだろう。――僕はその人の頬…というより、大きくなった口元をするりと撫でてみた。
 しかし、やはりもう駄目だった。――ソンジュさんは険しく目を見開きながらブツブツ…彼はもう、
 
「…なぜだ…? 俺はただ幸せになりたいだけなのに、…好きな人と結婚する幸せすら与えられないというのか、俺は幸せになったらいけないのか、俺は…操り人形なんかじゃないんだ、…幸せに、なりたい…愛されたい…愛されたい、愛されたい…愛して、…俺を愛してよ…俺を見て、俺の話を聞いて、俺を見てよ、俺を見て、お願いだ……」
 
「……、ソンジュさん……――ソンジュ。」
 
 僕が、――僕は考えを改めている。
 僕が「ソンジュ」と呼ぶと、彼はハッとしたように僕のことを見た。
 
「確かに否定から入り、試す前からできない、無理だ、駄目に決まっている…というのは、間違いでした。――わかりました」
 
「……、え…?」
 
 ソンジュさんのみはられた、淡い水色の瞳がキラリと光る。それは濡れているための光沢だ。
 僕は、苦肉の策――というような、妙な気持ちだが。
 お互いの気持ちに、どうにか折り合いをつけつつ――時間を経てゆけばあるいは、解決策が見つかるかもしれない。
 
 僕はつい敬語を使いそうになるが、今のソンジュさんにはタメ口をきいたほうが響くだろう――きちんと話を聞いてもらえるだろう――と、改めて。
 
「…ソンジュ…なら、やるだけやってみようか。…確かに、は必要かもしれない」
 
「……は…?」
 
 泣きそうな弱々しい顔ながら、僕を捉えたままの淡い水色の瞳は、何を試すのだ、という疑問を僕へとまっすぐにぶつけてくる。
 
 
 
 
「…だ。――まずは“にしよう。」
 
 
 
 
 本来なら――理想論でいえば、僕は。
 契約などではなく、でソンジュさんと恋愛結婚をし、…そして、これから僕らの前に立ちはだかる壁――たとえば条ヲク家、たとえばソンジュさんのご両親や世間の目、世間一般の常識、べき論など――を、彼と共に手を取り合って、試練たるものを二人で乗り越えてゆく。
 
 僕はそういった気概をもってして、ソンジュさんと普通に結婚をするべきなのかもしれない。――苦楽をともにし、支え合い、二人ならば何があっても大丈夫だと楽観的に、二人で問題解決の道を探りながら、同じ目線で、同じものを見るべきなのかもしれないのだ。
 
 ある意味では――それこそが結婚、と呼べるものなのかもしれない。
 
「……、……?」
 
 目を瞠り、唖然としたソンジュさんを――僕は、真剣に見据える。
 
 だがそうはいかない。それはあくまでも理想論だ。
 手を取り合って、二人でいればなんでも自然と何となり、結果的にはすべて上手くゆく。――残念ながら僕は、そういったおとぎ話に住まうヒーローでも、もちろんヒロインなんかでもない。
 おとぎ話のように、全てのことがなんとかなる――なんて、そんなハッピーな世界に、僕は住んでいないのだ。
 
 確かにヤマトでは同性婚が認められている。
 しかし、男でも子を産めるオメガ属も、あるいは女でも子を産んでもらえるアルファ属も、そもそもの絶対数が少ない。――そしてのみならずではあるが、ヤマトの国民は男と女、その両極がつがってこそ子が成せる特性の、ベータ属がほとんどなのである。
 つまり、僕の身分やこれまでの過去ばかりか、下手すれば男同士、というだけでも世間からは、白い目で見られる可能性もある。まあ、ベータ属のゲイカップルよりは甘い目で見てもらえるかもしれないが――僕が子を成せるオメガ男性であるからだ――とにかく僕らが住んでいるのは、そう何でも許されるような甘い世界じゃないのだ。
 
 そもそも――。
 シンデレラはあのあとどうなった? 誰が知っている?
 王子と結婚したあとの彼女のことを、誰が知っている?
 
 いつまでもいつまでも幸せに暮らしましたとさ――。
 そんな都合のよい文句で終わるあの物語は、老後…美しさで娶られたシンデレラが老いたあとのことを描いていない。
 美人だからと王子に娶られたシンデレラは、本当に死ぬまで王子に愛され続けたのか――あるいは王子が彼女をずっと愛し続けていたとしても、みずみずしい美しさを失ってゆく自分に、彼女自身が絶望しなかったのか。
 わからないだろう。不幸になったかも、あるいは本当に死ぬまで幸せだったかも――今はは、わからないのだ。
 
 若さには、可能性が多くある――しかし若さには、伸びやかな美しさがあるからこそ、間違いやすい。
 若さには、愛されるだけの余地があるからこそ、弱々しいものでもある。
 ただだからといって、間違うからやらない、というのではなく、自分たちの選択が間違っていた場合に、それを試すのは、若いうちならきっと有りだろう。
 
 
 
 
「…もし…どうしても僕と結婚をしたいなら、当初の予定通り――“契約結婚”にしてくれないか、ソンジュ。」
 
 
 
 
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