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翳目 ※
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しおりを挟む「…もう馬鹿なことは言わないでくれないか」
僕の声は囁くように小さく、そして冷ややかであった。
「…馬鹿な、こと、…っ俺は、」
「…聞いてください。よく考えてほしい…ソンジュさんは本当に、僕を選ぶべきでしょうか。――貴方は性奴隷の僕と結婚をすれば、すなわち、僕が背負っている汚名を共に被ることになります」
許されるはずがないだろう。
気持ちだけで、愛し合っているというだけで、結婚なんかできるはずがない。――九条ヲク家に生まれたソンジュさんと、…僕のようなのが結婚…?
結婚なんかできるはずがない。
「…ですが、他の一般家庭ならばまだしも、貴方だけはそのような汚名、被るべきではありません。…はっきりいって僕との結婚は、九条ヲク家の顔に泥を塗るようなものです。…貴方は恋や愛なんかに溺れて、軽率な選択を取ってもいい立場ではないでしょう。――ソンジュさんには、恋とか愛の他に、もっと大切にするべきことがあるはずです。…貴方の、幸せのために…貴方が幸せに生きてゆくために」
二人で逃げる?
…どうやって…?
ソンジュさんの背中で、華麗に飾り羽根を広げる孔雀――九雀のあの羽根についた数多の神の目、あの目はどうせ逃げたところで、僕たちのことを監視している。――逃げられるはずがない。
貴方は逃げられないと、それがわかっていると言ったじゃないか。――もう逃げないと、言ったんじゃないか。
「…貴方は僕とじゃ幸せにはなれません、絶対に。絶対に幸せにはなれません。…ソンジュさんには、もっと相応しい人がいるはずです…。…お遊びなら付き合います。――契約だとか、そういうお遊びなら付き合えますが、…僕は、ソンジュさんの一生のパートナーには、…なれません……」
言ってしまってから僕は、勝手に泣きそうになった。
受け入れてはいけない。――僕はティーカップをソーサーに戻した。
貴方と結婚できたら、よかった…――呑んではならない。――このまやかしの運命を。
仮初めの運命だ。
これはどうせそうだ。そうに決まってる。
貴方の隣に立つことなど許されない。…貴方の美しい青い目を見つめるどころか、見ることすら僕なんかには許されない。貴方に触れていただけるような綺麗な体ではない。貴方にキスをしていただけるような、大切な唇も持っていない。
僕には許されない。――僕なんかじゃ、許されるはずがない。…誰も許してなんかくれない。
どんなに好きでも、結婚はできない。
「……、…、…」
ソンジュさんと結婚できたら、本当…――幸せ、だっただろうな、
いや、僕たちの運命は、本当に共にあるのだろうか?
本当に僕が紅茶に入れたものは、角砂糖なんだろうか。
――角砂糖のふりをした、塩かもしれない。
いや、…あるいは毒かもしれない――。
「…貴方にはきっと、エイレン様に定めていただいた、他の運命の人が…」
「いるわけないだろう。ユンファさんこそが俺の“永恋の相手”に決まってる。…貴方はまだお疑いなのか、俺たちは本当に、“運命のつがい”で…」
「…っだからなんですか、…それが本当であったとしても、そんなのせいぜい遺伝子学的な運命です。…それは、人生に定められた運命ではない。そんなのせいぜい、肉体的な運命でしかないんだ、――じゃあソンジュさんのご家族は、僕との交際や結婚を、お許しになられているんですか。」
「……ああ、その件に関しては…」
ソンジュさんに話をさせてはならない。
またほだされてしまうからだ。――僕がまたソンジュさんの愛に甘えて、現状に甘んじてしまうからだ。
「条ヲク家の方は、お見合いだとか、そういった方法で相手を慎重に見極め、身分相応なお相手とご結婚なさると聞いたことがあります。…お許しになられると思いますか…――さんざん惨めな痴態を世の中に晒して、映像や写真にさえその姿を残されてきた、性奴隷の僕なんかと…九条ヲク家の貴方。」
僕たちの運命は――僕が今見下ろす、テーブルの上の、柔らかく美しいミルクティーのようではない。
「――許されるはずがない。…わかるでしょう…、僕たちは身分が違うどころか、」
「大丈夫です。全く問題ありません。」
「……、…」
言葉を失い、はっと振り向く。
僕の顔の隣でソンジュさんは、切ない目をして僕と共に、そのミルクティーを見下ろしていた。
そして彼はゆっくりと、僕へとその淡い水色を向けて…あたかも僕に懇願するように切なく、じっと見つめてくるのだ。
「…俺と結婚してください、ユンファさん…――。」
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