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翳目 ※
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しおりを挟む「…お紅茶と共に、お茶菓子もいかがですか…? うん、これは…プレーンのダックワーズだね。美味しいよ……」
「……ん…、…」
僕の後ろでふんふんとその、…ダックワーズ…というお菓子の匂いを嗅いでいたソンジュさんは、僕の唇にふにゅ、とそのダックワーズの丸い端を押し付けてきた。
またおしゃれな何かだ…そもそも僕は正直、要らないんだが…――このほんのり甘いミルクティーだけで十分というようである――、…唇に押し付けられると食べなければならないような気がして、僕は一口それを控えめに齧る。
「……、……」
ん…? なんというか、見た目に反してかなり軽い、さくっとした食感だった――見た目がややゴツゴツしているので、てっきりザクッとした激しい食感かと、しかし――僕の予想よりももっとふわっとした軽い食感で、さく、としていた。
また口の中で咀嚼すると、これは香ばしいナッツのようなコクがあり、挟まっているこってりとした甘いクリームと混ざるにつれ、ややねっちりとした食感になってくる。
バターのような甘い香りに、ナッツのような香ばしさもあり、正直乗り気ではなかったが、美味しいな。
おしゃれ耐性のない庶民の僕でも、美味しく感じるおしゃれなお菓子ってあるのか。――いや、ただの食わず嫌い、というやつかもしれない。
僕はそう思いつつ、口内のそれ飲み込んだあと、また一口ミルクティーを口に含む。
「……、ふぅ……」
あたたかくて…仄かに甘くて…ほっとする。
ダックワーズのコクが残った口内に、ミルクティーの、コクがありながら渋味もある味が広がって、そのすべてが心地よくなめらかに、喉の奥に流し込まれてゆくと、…これがマリアージュ、というやつか?
なんてな。
すっかりリラックスして、気持ちが少し明るくなってしまっている。――なんだっけ…?
「…………」
僕…ソンジュさんに、何を言いたかったんだっけ…。
そうじゃないはずなんだが、何か引っかかるんだが、正直、もうすべて問題解決が成されたかのよう…――まるでこのミルクティーのような、すっとしていて穏やかなぬくもりが、僕の胸に満ちている。
自然とまぶたがゆるみ、伏せ気味に…もう一口、甘い紅茶を口に含む。――紅茶に濡れた唇までうっすらと甘くあたたかくなり、小さく自分の唇を舐める。
するとまた、口封じというように僕の口に押し付けられたダックワーズ――今度は乗り気で、もう一口大きめにかじる。
「……ユンファさん…貴方はただ俺に、俺たちの運命に抗わず、ただ身を任せていればよいのです…――俺は言ったでしょう。…貴方が俺にとっての、唯一の我儘なのだと」
「……、…」
僕が、ソンジュさんにとっての――唯一の、我儘…?
僕は何か、引っかかりを思い出しそうである。
カシャン…かじりかけのダックワーズが、白い皿に戻ってカケラを散らかす。
「…もう、おわかりですよね…?」
そう僕の体を後ろからふんわりと包み込んできながら、優しく尋ねてきたソンジュさんは――破壊と創造、狂気と慈愛を兼ね備えた、本当に神様のような人だ。
「…俺の人生での、唯一の我儘として…俺はどうしても、ユンファさんが欲しいのですよ…。むしろ俺は、貴方以外はもう何も要らないといったって過言ではないほどだ。…だから、…」
「……なぜ、ですか…?」
しかし…――だからこそ、僕は。
だからこそ…僕を愛し、守り、求めてくださるソンジュさんだからこそ――僕は彼を、崇拝するように深く愛している。
そして、だからこそ…僕が、こんなにも深くソンジュさんを愛しているからこそ…――僕は、彼の側にいてはならないと思ったのだ。
そうだ、…そうだった。
いや、これは僕が、運命に抗っているということになるのだろうか。――むしろ、…むしろソンジュさんこそが、自分の運命に抗っているんじゃないだろうか。
「…なぜ僕なんですか……お気持ちは嬉しいです。だが正直、九条ヲク家の貴方と僕では、…」
「なぜ俺が九条ヲク家の者だからといって、ユンファさんと結婚してはならないんですか。…そもそも俺は、九条ヲク家の者という以前に――一人の男として、どうしても貴方が欲しいんだ。」
僕の言葉を遮ってまで強くそう言ったソンジュさんに、罪悪感は増す。――相応しくない、と。
彼の深い深い愛を、僕は一身に受けるべきではない。
僕の小さな器では、ソンジュさんの愛を受け留められるだけの余裕はない。――受け入れられない、いや、というより、僕は受け入れてはならない。
「まさか、子供だってユンファさんに一人で産ませ、育てさせるつもりなんか毛頭ありません。…貴方だって俺の子供が欲しい…――なら、ユンファさんの本当のお気持ちは、俺と同じであるはずじゃないですか……」
「………、…」
そうだとしても、なぜソンジュさんは目を塞ぐのか。
九条ヲク家…――今のヤマトに残る条ヲク家の、本家とされるの家の一つだ。…もちろん、ヲクが名前に付くというだけでもかなり凄いことには違いないのだが、殊に本家とされる条ヲク家は、もっと凄い名家だ。
「…もはや契約なんかどうでもいい…、俺が九条ヲク家に生まれているなんて、もっとどうでもいいことだ、…だからどうか、お願いします……」
「…………」
そして更にいうと…――そのヲク家を今現在束ねている、いわば、ヲクと付くアルファたちのそのすべてを、このヤマトという国の重要人物たちを束ねている――もっといえば、このヤマトという国を束ねている、名家中でも殊に名家といって過言ではない…このヤマトの、リーダー的一家が。
「…もしユンファさんが、九条ヲク家に嫌気が差すというのなら…――二人で何処かへ、…逃げましょう…?」
「…………」
それが…九条ヲク家、なのである――。
「…契約などではなく…――どうか俺と結婚してください、ユンファさん。」
「…許されません」
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