ぼくはきみの目をふさぎたい

🫎藤月 こじか 春雷🦌

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翳目 ※

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 ソンジュさんはまぶたを伏せ気味にした僕の、その下まぶたを優しく、親指の腹でつーと内側から外側へ、ゆっくりと撫でてくる。――僕は彼の長く黒くなった爪が視界に入り、怖くなって目を瞑るが、その最中に彼は流暢な発音でこう言う。
 
「…Love is blind,and lovers cannot see the pretty follies that themselves commit.――“恋は盲目だ…。恋をする人々は、罪にも自らが馬鹿になっている…ということが、見えなくなってしまうのだ”……」
 
「……、……」
 
 さすがだ、とこんな状況でも思ってしまうほどに流暢な発音だった。…昔の、有名な海外の劇作家シェイクスピアの格言を口にしたソンジュさんは、それの翻訳までどこかナレーションじみた調子で低く紡いだあと――ふっ…と柔らかく、その黒い鼻先で笑う。
 
「…恋をすると…人は往々にして、恋というものに目を塞がれ、盲者となるようですね。…ユンファさんもまた、にして、その目を塞ぐべきなのでは…?」
 
「……、…」
 
 僕は自然と眉をわずかに顰めてしまった。
 そして顔を横へ背けようと傾ける。――すると案外ソンジュさんは、僕の両頬が傾いてゆくのを許し、いよいよ僕の顔を手放した。
 それによって僕は、目線と共に斜へと顔を伏せる。
 
「…恋というものに溺れることが、そんなに怖いですか」
 
「……ええ…」
 
 僕が小声で肯定すると、ソンジュさんはその場にしゃがみこんだ。――そして、力が抜けたまま自然と斜めに座っていた僕の脚、バスローブの合わせがはだけている僕の生脚を、あたたかい手のひらで、ふくらはぎから…撫で上げてくる。
 
「怖いと思う時点で、ユンファさんはもう恋をしているのですよ。…貴方はもう恋の沼に、を踏み入れている…、あとは自然と、その甘い美酒の沼に沈むだけのことだ…――もう助からないよ。しかし貴方は、足掻あがこうとする……」
 
「…………」
 
 くい…と顎を取られて上げられたが、僕はあえてソンジュさんから目を背けている。
 
「…まあ、賢者たるは先見の明あり…それは、紛れもなく貴方の長所だ。…しかし場合によっては、短所ともなる……すると、臆病にもなってしまうのです」
 
「……っ」
 
 僕は自然とソンジュさんから逃げるよう、顔を伏せた。
 するる…と僕の脚を撫で上げてゆく、ソンジュさんのあたたかい手のひら――いや、いっそ今は熱くすら感じるその手が、膝頭を越えて太ももまでくると、これまで堪えていたぞく…としたものが、ぴく、と僕の太ももの筋肉をわずか跳ねさせたからだ。
 
「しかし賢者とて、恋をすれば理性を失い…衝動のままに、愛を求めるものです…――それこそが人…人の恋、愛、というものなのですから…。…ユンファさんもいっそのこと、ご自分の本能と感情に身を任せてみては…?」
 
「……、…」
 
 する…と、ソンジュさんの手のひらが、僕の太ももの側面にかかるバスローブの布の下に潜り込んでくる。…その手付きはまるで愛撫のようで、僕の背中も太ももも、腰も止まらない…小さく、ぞく、ぞく…ぞく…と感じ、はじめている――きもちいい…もっと、触っ…――僕はパシッとソンジュさんの、その手の手首を掴んで止めた。すると彼の手の動きは止まるが、今度は不満げな声を聞く。
 
「……、貴方の賢い…賢すぎる頭は、俺の前では、善悪の判断ジャッジをやめなければならない。…そしてただ…ただ恋人である俺のみを、その美しいタンザナイトの瞳に映さなければならないのです…。俺以外はもう、何も見えない…――恋とは本来、そうでなければなりません…」
  
「…僕は恋なんかしたくないんだ」
 
 僕はほとんど無意識に、固い声でそう呟いていた。
 すぐに目の覚めるような焦りが生まれて、僕の喉を詰まらせた。
 ただ、ソンジュさんは言葉を失ったように黙り込んで、何も言わなくなった。
 
 
 
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