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翳目 ※
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しおりを挟むソンジュさんはまぶたを伏せ気味にした僕の、その下まぶたを優しく、親指の腹でつーと内側から外側へ、ゆっくりと撫でてくる。――僕は彼の長く黒くなった爪が視界に入り、怖くなって目を瞑るが、その最中に彼は流暢な発音でこう言う。
「…Love is blind,and lovers cannot see the pretty follies that themselves commit.――“恋は盲目だ…。恋をする人々は、罪にも自らが馬鹿になっている…ということが、見えなくなってしまうのだ”……」
「……、……」
さすがだ、とこんな状況でも思ってしまうほどに流暢な発音だった。…昔の、有名な海外の劇作家の格言を口にしたソンジュさんは、それの翻訳までどこかナレーションじみた調子で低く紡いだあと――ふっ…と柔らかく、その黒い鼻先で笑う。
「…恋をすると…人は往々にして、恋というものに目を塞がれ、盲者となるようですね。…ユンファさんもまた、俺への恋心を目隠しにして、その目を塞ぐべきなのでは…?」
「……、…」
僕は自然と眉をわずかに顰めてしまった。
そして顔を横へ背けようと傾ける。――すると案外ソンジュさんは、僕の両頬が傾いてゆくのを許し、いよいよ僕の顔を手放した。
それによって僕は、目線と共に斜へと顔を伏せる。
「…恋というものに溺れることが、そんなに怖いですか」
「……ええ…」
僕が小声で肯定すると、ソンジュさんはその場にしゃがみこんだ。――そして、力が抜けたまま自然と斜めに座っていた僕の脚、バスローブの合わせがはだけている僕の生脚を、あたたかい手のひらで、ふくらはぎから…撫で上げてくる。
「怖いと思う時点で、ユンファさんはもう恋をしているのですよ。…貴方はもう恋の沼に、この足を踏み入れている…、あとは自然と、その甘い美酒の沼に沈むだけのことだ…――もう助からないよ。しかし貴方は、足掻こうとする……」
「…………」
くい…と顎を取られて上げられたが、僕はあえてソンジュさんから目を背けている。
「…まあ、賢者たるは先見の明あり…それは、紛れもなく貴方の長所だ。…しかし場合によっては、短所ともなる……すると、臆病にもなってしまうのです」
「……っ」
僕は自然とソンジュさんから逃げるよう、顔を伏せた。
するる…と僕の脚を撫で上げてゆく、ソンジュさんのあたたかい手のひら――いや、いっそ今は熱くすら感じるその手が、膝頭を越えて太ももまでくると、これまで堪えていたぞく…としたものが、ぴく、と僕の太ももの筋肉をわずか跳ねさせたからだ。
「しかし賢者とて、恋をすれば理性を失い…衝動のままに、愛を求めるものです…――それこそが人…人の恋、愛、というものなのですから…。…ユンファさんもいっそのこと、ご自分の本能と感情に身を任せてみては…?」
「……、…」
する…と、ソンジュさんの手のひらが、僕の太ももの側面にかかるバスローブの布の下に潜り込んでくる。…その手付きはまるで愛撫のようで、僕の背中も太ももも、腰も止まらない…小さく、ぞく、ぞく…ぞく…と感じ、はじめている――きもちいい…もっと、触っ…――僕はパシッとソンジュさんの、その手の手首を掴んで止めた。すると彼の手の動きは止まるが、今度は不満げな声を聞く。
「……、貴方の賢い…賢すぎる頭は、俺の前では、善悪の判断をやめなければならない。…そしてただ…ただ恋人である俺のみを、その美しいタンザナイトの瞳に映さなければならないのです…。俺以外はもう、何も見えない…――恋とは本来、そうでなければなりません…」
「…僕は恋なんかしたくないんだ」
僕はほとんど無意識に、固い声でそう呟いていた。
すぐに目の覚めるような焦りが生まれて、僕の喉を詰まらせた。
ただ、ソンジュさんは言葉を失ったように黙り込んで、何も言わなくなった。
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