ぼくはきみの目をふさぎたい

🫎藤月 こじか 春雷🦌

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翳目 ※

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【このお話には、若干無理やり気味?なソンユンの濡れ場(本番無し)がありますので、苦手な方はご注意ください(該当ページにはいつも通り「※」があります)。】

    ×××
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「――…っ!」
 
 僕は顔を背けながら、ぎゅっと目を瞑った。
 “狼化”したソンジュさん――その狼の口は大きく、また、より鋭く大きくなった彼の裂肉歯れつにくしが、僕の片目に噛み付く、と思ったからだ。――しかしこれではあたかも、ソンジュさんにみすみす片目を差し出したかのようになってしまったか。
 
「……、…、…」
 
 だが…――いつまでも、ガブリとはこず。
 むしろ…――ペロンっ…僕の片目を一度だけ舐めてきた、ソンジュさんのぬるついた熱い舌。
 
「……ふふ…まさか。俺はそのような、を犯すつもりはありません…――怖がらせてごめんね、ユンファさん…」
 
「……、…は、……はぁ…――。」
 
 僕はソンジュさんのその言葉に、震えながら薄く目を開け、ガタガタ震えているため息――しかしひとまずの安堵のため息――をつき、グラグラ揺れる視界の中、あまりにも恐怖して、強張っていた全身の力が抜けてしまうと、…ガクッと。
 
「……ぁ…っ! は…、…は……」
 
 僕はその場に、ガクッと抜けた膝を床に着いて、怖かった、と涙目になりながらうなだれ、その場に力なく座った。――いまだ腹から痙攣に近い震えが込み上げ、ドクドクと痛いほど胸が、全身の血管が逸っている。…特に手首の太い血管は、ざわざわと気持ち悪く感じるほどだ。
 僕の瞳孔は開かれているに違いない。…僕の体はいまだ緊張状態にあり、僕の鼻梁はなみねを伝ってゆく冷や汗か涙か、透明な液体が鼻先からポタリ、床へ落ちた。
 
 僕は今本気で、彼に目を喰われるかと思った。…怖かった、本当に…――。
 
「…怖かったでしょうね、お可哀想に…。いえ、もちろん俺とて理解はしていますよ。…目を失うとは、それほどにということでもあるのだから……」
 
「……、…、…」
 
 自分が僕のことをそうして脅した癖に、ソンジュさんはいやに他人事めいた態度だ。――しかし僕にはもう、彼のそれにカチンとくる余裕さえない。…一見相反するような安堵と恐怖とがどちらも僕の胸の中に共存して、そこから全身に広がるそれらは、僕の体を――ことに冷え切っていながら汗ばんだ手足の先を――ガタガタ寒そうに震わせている。
 
 ソンジュさんはおもむろに――僕の両頬を包み込み。
 くう…と優しくも、僕の顔を無理やりに真上へ…腰から前かがみになった、ソンジュさんの顔がゆっくりと近寄ってくる――無表情に近いその人の、その水色の目は妖しく翳っている――彼の長くなった鼻梁の先、黒い鼻先が、僕の鼻先五センチの距離で。
 
「…本当ならば俺は…ユンファさんの、そのタンザナイトの瞳…正直本当に、今にも食べてしまいたい…。ふふふ…とてもお美しく、とても愛おしい……どのような貴石にも優る美しい輝き、貴石を彩るのは、どのような美術品よりも完成されている切れ長のまぶた…――貴方の…その艶麗えんれいな目を俺が食べてしまえば、それでもう貴方は、確実に俺だけのものとなるのですから……」
 
「…は、……はぁ、…」
 
 目を瞑りかけていた恐れがまた目を覚まし、また腹の底から震えが込み上げて、呼吸も上手くできなくなる。――僕はとてもじゃないが、ソンジュさんのあまりにも穏やかなこの言葉たちが、どうしても冗談や比喩ひゆのようには聞こえなかったのだ。
 ソンジュさんはふぅ…と、その淡い金色の短毛が生え揃うまぶたを緩やかに細め、僕の目をじいっと見つめてくる。
 
「しかし…芸術を愛していると言いながら、その芸術品を喰らう馬鹿が、どこにいるでしょうか…? 腹の中に目は無いのです…。愛おしいあまりに芸術を喰らえば、もう二度と我が目には、その輝きが見られなくなる…――ユンファさんの、そのタンザナイト…俺にはいまだ、見られていない色があるはずだ…」
 
 そう静かな、ゆったりとした声を響かせるようにして紡ぐソンジュさんは、ずいとより近くに顔を寄せてくる。
 そして彼は目を細め、妖しく微笑むのだ。
 
「ふふ…、ずっと見ていられるほど完璧な芸術品の楽しみ方とは…――まずはじっくりと目で愛し、心の全面に映して…我が全身の隅々までその色を巡らせる。髪の先まで芸術に浸り、全身全霊を懸け…あわや魂を吸われながら、おのが生死すら定かではなくなりながらも、それと我が身が混ざり合い、一つの存在となるまで…――完璧なる芸術品とは、そうして命懸けで…じっくりと愛するべきものです……」
 
「……、…、…」
 
 僕は、もう、怖くて怖くて、堪らない。
 ソンジュさんのその淡い水色の瞳は、逆に妖しく見えるほど穏やかなものを宿している。――僕の目をじっと眺めて、観察しているかのようなその目は――まるで、自らの審美眼に適った芸術品を愛で、その目でじっくりとディテールまで鑑賞しているかのような、そういった愛情のこもった目なのである。
 
「…しかし俺はまだ、には至っていない。…それに、今喰らってしまえば…いまだかつて俺が見たことのない、そのタンザナイトの色もまた、二度と見られなくなる…。いやはや…それは大変、勿体もったいないことですよ。――さながら…、とでも申しましょうか…?」
 
「……、…」
 
 顔は真上へ向けられたままだが、僕は目線を伏せた。
 あたかも芸術品を愛でているようなソンジュさんのその目と、彼の言ったそのセリフたちは思うに一致している。
 嘘がない…「本当は食べてしまいたい」というセリフに、「まだ見ていない色の変化があるからこそ食べない」というセリフにもまた、なんら一欠片の嘘がない。
 
 
 
 あるいは…ソンジュさんのいう“僕の瞳の色の変化”を、彼が見尽くした、といつか判断したら…――?
 
 
 
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