ぼくはきみの目をふさぎたい

🫎藤月 こじか 春雷🦌

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恋は盲目 ※モブユン

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 モグスさんは朗らかな笑顔で、ひょいと白髪混じりの太眉をしたり上げる。
 
「……なあ? ユンファさん。もう誰が見たって明らかなくらい、他とは違う態度だろ? ――その傷薬が、ユンファさんがソンジュに溺愛ってくらい愛されてる、何よりもの証拠だよ。」
 
「……、…」

 僕は軽く手を上げ、先ほどモグスさんに手渡された傷薬のチューブを見下ろした。――オレンジ色のチューブ、モロナイン。うちにもあった、昔からある定番の傷薬だ。
 
「…なー若いの、それが恋ってやつなのよん。わかったかいユンファさん、そ、れ、が。ってやつなんだわ。――ははは、ユンファさんならもう、目に入れたって痛くないんだろうよ、コイツは。…」
 
「…………」
 
 目に入れても痛くない。
 母さんや父さんには、そういったことをよく言われてきた僕だが――両親以外の誰かに、そう思われている…のだろうか。…いや、それも、まさかのソンジュさんに。
 モグスさんはそう結論付けるなり、どこか可笑しそうな笑みを含めてこう言う。
 
「…まあだけど、恋は盲目ってか…ははは、ある意味では、アンタといるときのソンジュが一番、のかもな。」
 
「……、…」
  
 恋は盲目。
 僕は傷薬のチューブを見ながら、ゆるく目をしばたたかせた。
 僕と一緒にいるときのソンジュさんが一番――たとえば以前、“恋人契約”を結んでいたという女性たちの前では、常に目を瞑って過ごしていたらしいソンジュさん、より――ソンジュさんは、僕と共にいることによって、しまう。
 それは…僕に恋をしている、から――恋は盲目、か。
 
「それにね…そりゃあソンジュとは意味こそ違うけど、俺だってユンファさんの味方でいたいってくらいにゃ、貴方のことを愛してるんだ。…」
 
「……、……」
 
 僕はモグスさんの、その柔和な声に顔を上げた。
 とてもあたたかい声で、そのように人情みのある温もりを感じる言葉。――モグスさんはやさしげに、目尻の笑い皺を濃くして目を細め、微笑む。
 
「もちろん俺たちゃ、知り合ったばっかりだけど。でも、お嬢だってそうだろ? ユンファさんのために、わざわざメイク用品なんか作って、プレゼントしたがってる。」
 
「…………」
 
 レディさんもまた、僕のことを慰めてくださった。
 そして彼女は、僕の恋を応援したいからと、わざわざ自分でコスメを、僕のためだけに作ってくださるという…しかも、それに金銭を要求するつもりはない。――いやむしろ、プレゼントしたいから、お金をもらいたくない、と。
 
「…サトコだってよぉ、ユンファさんのことを心配して、追っかけてきてくれたんだろ? アンタをずーっと心配して、ユンファさんの幸せを考えて、安全を考えて、行動してくれたんだ、アイツだって必死に。…」
 
「…………」
 
 サトコさんは、道ばたで会った僕のことを心配してわざわざ探し出し、そして助けてくださった。――背は高いが、当然ながら女性である彼女だって、あの暴漢を前にして怖くなかったはずがない。…だというのに、サトコさんは果敢にも男の腕を強く掴み、警察に突き出してやる、と。
 それでいて僕のことを常に気に掛け、駄目よと叱り、その後は優しく慰めてくださった。
 
「…な。――ユンファさん」
 
 モグスさんはニカッと、目がなくなるくらい満面の笑み、白い歯を覗かせて破顔する。
 
 
「貴方は…貴方が思ってるよりも、みんなに愛されてるんだ。」
 
 
「…………」
 
 僕は、忘れていたのかもしれない。
 人の愛を。優しさを。――この一年半で、このあたたかい気持ちを、すっかり忘れていた。
 誰かに愛されるということを、忘れていた。
 少し、ちゃんと思い出せたような気がする。――モグスさん、レディさん、サトコさん…そして、ソンジュさん。
 
 この世の中には、酷い人も多くいる。
 だが、彼らのようにどこまでも優しく、神様のように愛情深い人たちも、多くいる。
 そしてリリ…愛する家族もまた、たとえ僕の目には見えなくなっても、僕を愛して、側にいてくれている。――僕は、誰かに愛されているということを。
 
「……、…、…」
 
 思い出せたような、知れたような、気がするのだ。
 僕は目が潤み、まだ水気はないが、鼻をすんと鳴らした。――涙目の僕を見ていたモグスさんは、少し眉根を寄せ、どこか困り笑顔を浮かべる。
 
「…なあ、今はなんも恐れないで、正直いうけどよ……」
 
「……はい…」
 
 僕の目の表面が潤い、熱を持っている。
 あたたかい、という程度に、僕の目は火照っている。
 うなじを片手で覆うように押さえたモグスさんの、そのくしゃりと柔和な破顔は、くいと傾いた。
 
「…俺はな、できたらソンジュとユンファさんに、ちゃんと結ばれてほしいよ。」
 
「…………」
 
 僕は何も言えないが、ただ――モグスさんの、そのあたたかい言葉が胸にじわりと染み込み、ぬくもりを宿し。
 どんどんと両目が、あたたかくなっていき――また鼻を、すんと鳴らした。
 しかし、モグスさんはそこでふっと眉を寄せ、自嘲して笑う。
 
「…でも悪いけど、これはここだけの話にしてくれや。かなり無責任な話だからよ…、クジョウ・ヲク・ソンジュ様の専属執事、ジュウジョウ・モグスとしての言葉じゃねえんだ…――言っちゃえばただの、モグスおじさんとしての、超超超個人的な希望、ね。」
 
 そしてモグスさんは、真剣な目をする。…口元は穏やかに笑みを浮かべて弧を描く、しかし、モグスさんのその鳶色の瞳は、深刻そうなまでに真剣だ。
 
「…俺はソンジュに、ユンファさんに…お前たち二人に、幸せになってもらいたい。」
 
 モグスさんはそこまで言うと、どこかおちゃらけた笑みをにこっと浮かべるなり、「じゃあな」と僕たちへ、その黒いベストを纏う背中を向けた。
 そして彼は、まっすぐの廊下を進みながら、ひらひらと裏手をはためかせる。

「それだけ。俺なんかに何ができるわけじゃないし、俺は、お前たちのことを守ってやれる立場でもない。――でも、どうなったって俺は、ソンジュとユンファさんの味方だよ。…」
 
「…………」
 
「…………」
 
 僕とソンジュさんは、お互いに何も言わなかった。
 だが、僕と同じようにソンジュさんもまた、モグスさんの格好良い背中――黒いベストに、黒いスラックスが少しずつ遠くなってゆく――背中で語る、良い男。
 そのようなモグスさんの、僕たち二人をあたたかく包み込むような大きな背中に、僕たちは二人とも見入っているようだ。
 
 
 
「……これからは二人で、自分の幸せのために、必死に生きな――。」
 
 
 
 
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