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恋は盲目 ※モブユン

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 僕はいそいそと立ち上がり、ソンジュさんに背中を向けて――部屋の中に入るため、進行方向に体を向けて――パンパンっと、バスローブの裾あたりのホコリを落とす。
 
「……はぁ…ソンジュさん…? とりあえず、どこで話を、……?」
 
 え。…ふわ、と後ろから――にわかに、に包み込まれるよう、優しく抱き締められる。
 
「……え…?」
 
「…ふっククク…、まさかユンファさん…――俺が、“だとでも思ってらっしゃいました…?」
 
「……、…?」
 
 ソンジュさん…だった。
 ただ、聞いていたのと何か違う。
 僕は目線を伏せ、くらくらと自分の瞳が動揺に揺れるのを感じている――。
 
 アルファ属が“狼化”するパターンは、三種類ほどあるそうなのだ。
 
 “狼型”と呼ばれる――四つ足の狼そのものの姿。
 僕はてっきり、ソンジュさんはなんじゃないかと思っていたのだが…――首輪を着けられ、リードに繋がれてもある意味では違和感がなかったあの姿よろしく――。
 
 “人狼型”と呼ばれる――何というか…全身が毛皮に覆われた人、二本の足で立ち歩きながら、狼の顔になりながらも人の面影を残している姿。
 どう考えてもソンジュさんは今、この“僕を、後ろから抱き締めているような気がする。
 
 そして最後に、“自由混合型”――“狼型”、“人狼型”のどちらにもなれる…というか、先月は“狼型”であっても、今月は“人狼型”になってしまった、というような、そういう前後者二パターンどちらかに限られない体質の人。
 
 ソンジュさんはどこか勝ち気な声で僕の後ろ、僕の鎖骨を生でするする撫でてきながら。
 
「…実は、、なのですよ。俺は“自由混合型”…いえ、正確にいえば俺は、“”です。…以前は俺のような体質の人も、その“自由混合型”に割り振られていましたが――つまり、俺は、“狼型”にも、“人狼型”にも…そののです。…」
 
「……、…は…? はあ……」
 
 僕は目を瞠って驚いた。
 そんな人がいるのか、と――いわば未知との遭遇、というようですらある。…なぜならソンジュさんが僕に聞かせたそれらは、学校の教科書には載っていない情報だからだ。
 
「…アルファの中にはごく稀に、そういった体質の人もいるのです。…ただ近年になって、やっと別分類として認知されてきた型ですので、世間じゃそう知られていませんが」
 
「……、ぁ…そ、そうなんですか…」
 
 …――モグスさんのあの言葉は、むしろだったんじゃないだろうか…?
 
 僕はいま正直、ゾッとしているのだ。――先ほどのわん…いや、狼の姿ならばまだそれでも、僕はなんとか退け、最悪の場合は逃げおおせることができそうだとは思うのだが(いや、それでも危ういにはそうか…)――しかし人狼型だといよいよに、不意にうなじを噛まれるのではないか、という恐怖がビリビリと自分の首の裏に宿って、それがうなじに溜まってゆくようなのだ。
 
 そういえば先ほど、サトコさんも言っていた。
 もしや、僕が怖くて怖くてたまらなかった理由――思わず衝動的に逃げ出してしまったほど、恐れていた理由――その一つに、
 
「……、…、…っ」
 
 オメガ排卵期を迎えたオメガの本能、があるんじゃないだろうか、と、僕は今更、思い至っている。
 ――正直いうと、オメガ本人である僕でさえこれまで、それの真偽さえ知らなかったのだが。
 
 しかし“狼化”したアルファに初めて会った僕は、しかもその“狼化”したソンジュさんに抱きすくめられている僕は今やっと、そのを体感しているのだ。――今はソンジュさんが怖い。…身が竦んで身動きが取れない、というよりか、…身動きを取ろうとすら思えない。下手に動けばどうなるか、どうされてしまうのかわからないという緊張に、ゴクリと喉が鳴る。
 そうしてオメガの僕が今、まさにオメガ排卵期を迎えているからこそ、僕の警戒心は普段より格段に増しているはずだ。――アルファのソンジュさんに警戒し、ましてや彼、今は“狼化”している。
 
 僕はオメガとして、アルファであるソンジュさんが怖くて、彼の側にいることが怖い。
 しかも“狼化”している彼なら、尚の事怖い。
 もちろん、逃げ出したときに僕が考えていたあれらの恐怖をはじめとして、ソンジュさんの子を生みたい、堕ろしたくない、…ひいては避妊薬を飲みたくない、という気持ちが嘘、ということではないだろう。
 だがもしかすると、そのもまた、僕が逃げたい、逃げようと衝動的になった理由の一つにあるのかもしれず――あるいは僕は頭で、そのオメガとしての警戒心や恐怖心に、何かと体よくをしてしまっていた、のかもしれない。
 
 
「…大丈夫、怖がらないで……」
 
 そう優しい声で僕をなだめるソンジュさんは、ふっと僕の体を返すと――ふわり…というか、
 
 
「…んむふ゛、……」
 
 
 …――というか…?
 必然的に目を瞑った僕は、…ソンジュさんのふかふかもふもふの体毛に顔が埋まっている、んだが…?
 
「…ふふふ、可愛いなぁユンファさん…ね…?」
 
「……ふぐ、……」
 
 いや、相変わらず彼の良い匂いはそのままだ。
 もふもふのふわっふわだが、ちゃんとソンジュさんの香水の、マリン調の甘い匂いが――って待て…さすがに178センチの僕と、186センチのソンジュさんが抱き合って、こう、にはならないはずなんだが。
 まあ八センチは違うにしても、本来ならば、彼の肩の上だとかに僕の顔がくるはずであって――実際そうだっただろう――、…僕は今、彼の顔を埋めているんだ?
 
「…それにしても、やっと抱き締めてあげられたよ…――すぐにこうしてあげられなくてごめんね、ユンファさん…。あんな下衆男に、…怖かったでしょう、可哀想に……」
 
「……、むぐ…」
 
 怖いなんて、…ああなったのは、すべて自分の自業自得だ。とはやはり、いまだ思うんだが――僕は、ソンジュさんに後ろ頭を撫でられながら、優しく穏やかな声でそう言ってもらえるだけで、少しホッとした。…ましてやこの、良い匂いのもふもふに顔をうずめていると、不思議と恐怖心がほどけ…どうもふんわりとした、柔らかい気持ちになってくる。
 
「……ぷは、…ソンジュさん…、っはぁ……」
 
 だが苦しい、どうしても苦しい、なんならふんわりとしていたのではなく、酸欠で意識が遠のいてしていたんじゃないのか、と――僕は顔を背けた。
 そしてソンジュさんの顔を見ようと目線を動かし、上…もっと上…――え、なに、これ…どういうことだ…?
 
「……? お、ませんか…?」
 
「…ああ、はい。――“その実、ものですから。」
 
 顎を下げて僕を見下ろす――美しい黄金の狼、その淡い水色の瞳。
 
「…は、はあ…、…」
 
 つまり…僕がと顔を埋めていたのは、なんと――ソンジュさんの、薄い金色のふわふわで、細くて柔らかい長毛がたっぷりとたくわえられた、彼の胸板だったらしいのだ。…そして僕がソンジュさんの顔を見るにしても、彼の狼の顔はかなり上のほうにあるから、僕は顎を上げないと――彼、今はおそらく、二メートル以上ある。
 
「……お、大きい、です、ね……」
 
 二メートル以上ともなるとさすがに、威圧感が…――。
 ソンジュさんは神妙な表情で、ひょいと眉を上げると、コクリ。
 
「…はい。ちょうどきっかり、二メートルと六センチになります。――ふふふ…それにしてもその言い方は、どことなく唆られてしまうな……」
 
「…ぁ…そ、そういうことじゃなくて……」
 
 唆られるってなんだよ。
 いやちょっと…というか、大分――二メートルと六センチ、206センチ、178センチの僕とは28センチ差。…三十センチ弱の差がある、とは。
 そもそも僕より背の高いソンジュさんだが、これでは頭ひとつ分以上の差がある。…となると、さすがにここまでの身長差の人とは、なかなかどころではなく――実際初めて会ったというか、向かい合ったというか、…かなり、

「…はは、どうです? “狼化”したアルファとは初めて会ったことと思いますが…――想像通り、可愛い…?」
 
「……、…、…」

 
 可愛い…いや顔はやっぱりわん…いや、先ほどより人の面影はあるものの狼なので可愛いと言えなくもないが、何より、
 
 

 デカ…――い。

 
 
 
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