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恋は盲目 ※モブユン
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しおりを挟む「……お邪魔します…――すみません本当に…何から何まで、本当にありがとうございます……」
僕はまだ涙の余韻に水っぽい鼻をすすりながら、レディさんたちのワゴン車、後部座席に乗り込ませてもらった。
すると、運転席に座っているサトコさんはエンジンをかけるなり、出発のためにガチャガチャと調整しながら「いいえ~」と、返事をしてくれた。――モグスさんも「じゃあよろしくなぁ」、ソンジュさんも「よろしく」と…やはり彼らは、気の置けないようなサトコさんたちにも礼儀正しい。
また、僕の隣には先に乗り込んでいたモグスさん――後部座席の足下(僕とモグスさんの足の前)には、“狼化”して狼の姿となったソンジュさんが、伏せの体勢を取っている。
ちなみに、僕たちの背後は座席ではなかった。
このワゴン車の二列目以降は座席がなく、スペースが開いている。…そして、そこにさまざまな衣装ケースや機材などが所狭しと置かれているのだ(ただし、僕には何が何やらわからない)。
またレディさんは助手席――運転席に座ったサトコさんの隣――に座り、どうやらこの車は、サトコさんが運転するようだ。
「……、…」
そうして後部座席に座った僕は自然と、今自分が履けている、白く格好良いスニーカーを見下ろす。
咄嗟でも裸足であった僕のことを案じて、ソンジュさんたちはこのスニーカーを持ってきてくださった。
ソンジュさんたちが追いかけてきていない、と思い込んでいたときでも、僕は別に、彼らに見捨てられたような、そんな寂しい気持ちがあったわけではない。
むしろ、彼らが僕を追いかけてこないことは当然のことだ、とさえ思っていた。――使い捨てといったらなんだが、僕は別段、そこまでソンジュさんやモグスさんには好かれてなんかいないはずだ、と。
「……、…、…」
しかし…そうでも、なかったらしい。
意外だと思うのは失礼かもしれないが、僕は自分が思っているよりも彼らに想われている、らしいのだ。
僕なんかを…なんて、その思いが卑屈であるのはわかっているんだが、どうしてもやっぱり、そのように思ってしまう自分がいる。
もういいよ、大丈夫だよ、もう自分を責めないで…僕はモグスさんやソンジュさんばかりか、サトコさんやレディさんにまで何度もそう言っていただけていた。――だというのに僕は、終始謝ってばかりだった。
僕は彼らに、本当に申し訳ないことをした。それは事実である。…だが、あれではさすがに、鬱陶しかったんじゃないだろうか。
卑屈で面倒臭い人だと、思われてしまったんじゃないだろうか…――いや、それは事実だが。
「…ユンファさんにはやはり、謝り癖がありますね」
僕の足下でソンジュさんが、どこか僕のことを心配したような細い声でそう言う。
「…ごめんなさ…ぁ…、……」
また謝ってしまった。
なんて言ったらいいのか、わからない。
するとソンジュさんは首をひねり、僕へとその狼の顔を向ける――彼は僕のほうに頭を向けているのだ――。
「…いえ、それは仕方がないことなんですよ。ですから、無理に抑え込もうとしなくてよいのです。――貴方は今、あのドブガワ共のせいで、かなり自己肯定感が低くなっている。…ましてやユンファさんは、謝罪を強要される環境に慣れてしまったのだから、一朝一夕にどうにかなることではありません。」
「……はい、ご、ごめんなさ……、……」
また、謝ってしまった。
するとソンジュさんは、少しだけ困ったように目を細めつつも、大きな口の端を上げて。
「…いいんですよ、言いたければ言っても。――ですが、貴方は何も悪くない…、ユンファさんが謝るべきことは、現状何もない、ということだけは…頭に入れておいてくださいね。」
「……はい…、……」
優しい…どうして、どうして彼は僕なんかに、こんなに優しくしてくださるのだろう…どうしてこんなに愛してくださる…僕はまた、ソンジュさんに――違う。
おこがましい。あり得ない。そんなはずはない。駄目に決まっている。許されるはずがない。――あり得ない、あり得ない、あり得ない、あり得ない……。
「……、…」
僕はソンジュさんから目を背けるよう、自分の腿を見下ろした。――バスローブのはだけたところは直したのだが、僕は胸元と脚のほう、どちらも両手で深く合わせる。
こんな格好で、何してるんだろう。どうしてもっと賢くなれないんだろう。…オメガ、だからか…?
いや、オメガだからじゃない。誰かのせいでも、属性のせいでも、僕の境遇のせいでもない。――僕がそもそも、頭が悪いからだ。
「……ごめんなさい……」
体しか取り柄がなくて…――というか僕が、ついている穴にしか価値がない人だからだ。
「……、ユンファさん…帰ったら、ちゃんと話を…とは思っていたんですが、しかし…――俺は今の貴方に、無理をさせたくは…」
「いえ、聞いてください…ちゃんと話しますから……」
「……、……」
ソンジュさんは黙り込むと、ふっと交差した前脚の上に顎をのせ、深く伏せた。
「…じゃあ出発しまーす。……」
「…はい、お願いします……」
サトコさんの、その一言と共に動き出した車の中――僕はそれを言ったあと、唇をゆるく閉ざした。
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