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Frozen watchfulness
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しおりを挟む僕が剥けた林檎を更にカットし、ソンジュさんに渡すと彼、「ありがとう」と明るい声でお礼を言うなり、それを僕の背後でまた、シャリシャリ食べ始めた。――ナイフ、こっそり持って出ちゃおうかな…なんて。
「……ふぅ…――。」
そういえば…僕はものすごく久しぶりに、浴槽に汲まれたお湯につかって、膝を抱えている。――もちろん後ろには、(林檎をもぐつく)ソンジュさんが居るのだが。
横も広いものの、かなり縦にも長いこの白い浴槽は、178センチある僕でも脚を伸ばして座ることは可能なのだが、どうも慣れずに脚を畳んでしまう。――ちなみに、浴槽の中に腰をかけられる椅子のような出っ張りがあるので、ソンジュさんはそこに座っている。
幸いのぼせることもない。
ぬるすぎないが、熱すぎもしない――保温されているので、冷めるということもない――本当にお湯の温度が絶妙なのだ。…気持ちいい…セックスのあとだからか、爽快感もある。
「……、……」
今は凄く、やっぱり信じられないという気持ちだ。
こんなにのんびりお湯につかっている自分は、まず昨日までならばありえない――夢のようだ。…僕は本当に、夢でも見ているのだろうか。
もちろん、実家にいたころはこうしてゆっくり浴槽につかり、明日の試験のことだとか、論文のこと、好きな趣味のこと、夕飯はなんだろう、なんて…それとない思考を巡らせていた。
しかしそれも、たった一年半前のことだというのになぜか、とても昔の記憶のようにさえ思えている。――懐かしいというのに近い、遠い幸せな記憶のように思えているのだ。
このところの僕の入浴スタイルというのは、まさかこうしてのんびりする時間なんかなく、『DONKEY』のお客様と接客として一緒に風呂に入るか、あるいは(ノダガワの)家で風呂に入るにしても、ノダガワ家の人々と共に入り…――彼らの頭を洗い、それから彼らの肌を、泡をつけた自分の胸やお尻なんかでこすり洗いして、そのあとは彼らの男性器を、口か膣で咥え込んで犯され…――そして、それが終わったあとにはごめんなさい、汚い奴隷の僕の体液で汚してしまってごめんなさい、と謝りながら、彼らのモノを丁寧に手で、改めて洗って。
そうして彼ら三人の体を洗い終えたあと、一人狭い浴室に残り…出勤時間を気にしながら急いで自分の体を、髪を洗って、浴室を軽く掃除して、慌ただしく風呂から上がる。
「…………」
この一年半は毎日、ずっとそんなふうに風呂に入っていた僕は、こうして甘い匂いのお風呂にゆっくりとつかり、ぼんやりとリラックスしている自分が…――まるで、ふわふわきた夢の中に居るような、そんな夢見心地の気分になってくるのだ。
いや…思えば今日は、何もかも夢を見ているかのようだった。――突然アルファ属の美しい青年…ソンジュさんが僕の働くカフェ『KAWA's』に訪れたときからずっと、いつもとは違う展開ばかりが僕を襲うようだった。
晴天の霹靂…――だが、今になって思えば、これは激的ながらも良い変化だったのかもしれない。
まるで此処は――天国だ。
「…ふぅ……」
神様のように優しいソンジュさんに抱かれ、思わず、微睡んでしまうようなチョロチョロと美しい水の音を聞いて、ぼんやりとしている。
思えば僕は、今日という日の、根底から崩れるような大きな変化に混乱する暇もないまま、あれよあれよと気がついたら、ソンジュさんと“恋人契約”なんてものまで結んでいて――泣いて、笑って、怒って――それでも彼に怖いほど優しくされ、大切に、まるでどこぞの王子さまのごとく丁重に扱われ、それからソンジュさんの傷を見て、彼の重たい愛に浸されて…こんなふうにゆっくりすることまで許され…しかも…僕が、五条ヲク家に生まれていた、ということまで判明したのだ。
あ…――そうだった。
「……あの、ソンジュさん…――聞いてもいいですか」
僕を後ろから抱き締め、僕の肩に顎を乗せて先ほどから黙り込んでいたソンジュさんに、僕は振り返らずそう切り出した。
いや、振り返ったら顔が近すぎる。…すると何となく、はばかられるようなほどの近距離になってしまうと予測がつくからだ。
「…ん…?」
それにしても何となく、…僕を抱いたからだろうか?
ソンジュさんの、何となくフランクな反問に、僕は少しむずりと胸が擽ったくなる。――心の距離が、近くなったような。
「……えっと…僕が、五条ヲク家の生まれだという話、なんですけど……できたら、詳しく聞かせてほしいんです……」
僕がやや顔を伏せ気味のままそう聞くと、「あぁ、うん」とやはりフランクに、…それにしても低くて、それでいて甘い声だと、この耳の横にある近い顔に改めて…ぞくり、と思う。
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