ぼくはきみの目をふさぎたい

🫎藤月 こじか 春雷🦌

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幸福に浸りながら望む貴石※

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「ここでシャワーの温度が変えられますので、お好みの温度に設定されてください。浴槽のほうの温度はこっち」
 
「……はい…」
 
 結局僕は今、ソンジュさんに説明を受けている。――この前には「これがシャンプー、コンディショナー、ボディソープ…」だとか、「ここを押すとサウナモードになりますので」とか…(しれっとサウナにもなるらしい、セレブ…)、そうテキパキと説明されている僕は、浴室の中ではい、はい、とただ頷いている。――ところで、見たこともないおしゃれなシャンプーとコンディショナーだ、…ドラッグストアなんかで売っている市販のもののようには見えないが、美容院とかで買っているものなんだろうか?
 
 ちなみに「お風呂入りましょう」とは言われたのだが――ソンジュさんが黒いスラックスを脱がないで浴室に入ったために、僕もまた白いシルクのローブを着たままだ。
 
 そして案の定、まずは説明を受けているわけだ。…僕は入浴剤のボトルを落とさないよう、しっかりと片手に持ち――ソンジュさんは、棚の上に並んだボトルを見ながら。
 
「…まあ、何をどう使われても結構です。モグスさんは基本的にご自分の家の風呂に入りますので、彼のものはここにありません。…」
 
 ジョボジョボジョボ――と、浴槽にはお湯が溜められてゆく音に加えて、ソンジュさんのその言葉が浴室に響く。
 
「…はい、わかりました。ありがとうございます…、…」
 
 だから…つまり、それはもう。
 ソンジュさん…――このだだっ広い家に一人暮らしってことじゃないか。…ところで、この入浴剤…いつ入れたらいいんだ?
 
「……入浴剤は何がよろしいですか?」と、ソンジュさんがこの浴室に入る前、僕に聞いてきた。――彼は棚の一つに収まっていたカゴを取り出して、その中身を僕に見せてくれたのだが…、正直、入浴剤に詳しくない僕は、そのカゴの中に入っていた色も形もさまざまなボトルや、袋なんかを見下ろして、首を傾げてしまったのだ。
 選べといわれても、何がどういうものなのかもわからない。…手に取るにしたって、…いくつかはガラス瓶だ。落として割ったら…怖い。
 
 まあ、そりゃあ『DONKEY』のお客様と一緒に、入浴剤入りのお湯に浸かることはあった。――ただそのときは、ホテル備え付けの入浴剤か、あるいはローションになるような特殊な入浴剤か…ケグリ氏たちに至っては、もはや入浴剤など使わなかった。
 
 そもそも、僕が知っている入浴剤なんか一つもない。“バブー”とか“ボスロマン”とか、そういうのが一つもなかったのだ。…選べるわけがない。
 そう難しく決めあぐねていた僕に、ふふ、とソンジュさんは和やかな笑みをこぼすと、…今日は泡風呂にでもしましょうか? と僕の代わりに選んでくれた。――そうして彼が選んだ、パステルブルーのボトルを片手に、僕はぼーっとお湯が溜まってゆく浴槽を眺めている。
 
 が、ソンジュさんははたと僕に振り返る。
 
「……それ入れないと。こっち来て――汲みながらでないと泡が立ちませんから」
 
「は、…ぁ、はい、すみません…」
 
 そっか、いや…――泡風呂なんだから、ジョボジョボと水の流れがあるうちに入れなければ泡が立たないのは当たり前のことだ。…こっちに来て、と言われたのは、つまり水流があるところに入れて、ということらしく。
 
 僕はシャワーヘッドが掛かっているほうへ移動した。
 そして、その牛乳瓶のようなボトルのフタを回し開け、「どれくらいですか?」と聞きながら、浴槽の中へ向けてそのボトルを傾ける。とろー…っと粘度の高い、パステルブルーの中身が、透明なお湯へ垂れてゆく。
 
「…全部入れてください」
 
「……え、全部、ですか?」
 
 僕は目を丸くして、隣のソンジュさんへ振り返った。
 この牛乳瓶そっくりなボトル、サイズもそれと同じくらいだ。――僕の感覚でいうと、せいぜい半分くらい(二回分くらい)かと思っていた。
 意外だと思って目を丸くする僕に、ソンジュさんはふふ、と和んだように笑うと、何も言わずに優しく頷く。
 
「…そうですか…、へえ、贅沢なんだな……」
 
 なんて贅沢な泡風呂だ。
 あとパステルブルーだったのはこの入浴剤、このとろとろした液体そのものの色であったらしい(容器は透明なガラス瓶だ)。――しかもこれ、…凄く良い匂いがする。
 
「……んん…、…」
 
 なんだろう、フルーツのような…ベリー系、というか。ただ、お菓子のような安っぽいベリーの香りではなく、思わずヨダレが湧いてくるくらい本物そっくりな、甘酸っぱいベリーの匂いだ(何ベリーかは、僕には判別がつかないものの)。
 
「……凄く、良い匂いだな…ふふ…」
 
 もうこの匂いだけでホッとする。うっとりだ。
 結婚とか、“婚姻契約”とか…――今は一旦、忘れようか。…こんなに贅沢なお風呂、考え事をしていたらもったないだろう。
 
「……可愛いな…」
 
「……あぁ可愛い…、うん確かn…、何が…」
 
 可愛い…可愛い?
 何が…泡風呂…――何が、どこが、…まさか…。
 
「………、…」
 
 僕、が?
 なんて反応をしたらいいのかわからず、僕は徐々に泡立ち始めた浴槽の中を見下ろしつつ、真っ逆さまにしたボトルをチョンチョンと振る。――僕が、だろうか?
 もったいないから、と僕は腰をかがめ、浴槽の中のお湯をガラス瓶の中に入れて、軽く振り、浴槽に中身を注いで戻し、また入れて…――。
 
「……、…、…」
 
 そうしながら考えている。――いや…このうっすらと青味がかった泡、ベリーの匂い、……いや、女性ならまあそれらを「可愛い」と言うのはわかるが、男性のソンジュさんが、泡風呂や匂いに可愛いというだろうか?
 
「………、…」
 
 僕、僕が…?
 まさか、僕なんかが…――可愛い…?
 僕に可愛い要素なんかないんだが…そんなこと、両親以外の人に、初めて言われ…いや、勘違いだったら恥ずかしすぎる。――そうじゃないということにしておこう。…じゃなかった場合、馬鹿みたいだ。
 
「…はは、困っているところも可愛いね、ユンファさんは…――何がって、当たり前でしょう? ユンファさんが可愛いんです。…泡風呂くらいで、そんなに喜ぶなんて思わなかったよ……」
 
「………、…」
 
 やっ…やっぱり、僕に可愛いと。言い直された。
 いや、二十七歳の男が、たしかにはしゃぎ過ぎだ。…そう自分を戒めるのに、…なんで、嬉しいんだ。
 僕は腰を伸ばし、この瓶ってどうしたらいいですか、とソンジュさんに聞こうと思った。――のだが。
 
「…はは、俺、初めて見たよ…」
 
「……、…な、何を、ですか…」
 
 ソンジュさんは僕の後ろに立ち、する…と後ろから抱き締めてくるように――ローブの合わせに手を差し込んでくる。…それも胸のほう、足のほうと、上下ともにだ。…駄目、眉が寄るほど、ドキドキする。
 そして彼、僕の斜に伏せられた顔…片耳に、色っぽい低い声でこう囁いてくる。
 
「…ん…? 媚態でもなく、純粋に…ふふ、まるで少年のように、泡風呂にワクワクしている人…初めて見た。本当に可愛いね、ユンファさん……」
 
「……ぁ、は…あっあのち、違うんです、泡風呂にワクワクしたというより、…ん、♡ んん…」
 
 僕の言葉を封じるように、内ももをするるる…と中心に向けて撫でられ、ひくん、と反応してしまった僕は、思わず鼻を抜けた声に、口を手で塞いだ。――油断して…、出ちゃった。
 
 
 
 
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