ぼくはきみの目をふさぎたい

🫎藤月 こじか 春雷🦌

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幸福に浸りながら望む貴石※

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「――どうしたらいいんでしょうね…」

 そう血色の良い唇の端を上げて微笑むソンジュさんは、僕の腰に腕を伸ばした。――そのまま僕をそっと抱き寄せ、彼は上体を合わせてくる。
 ソンジュさんの手が、薄いローブ越しに僕の背中を伝い、…僕はゾクリとして彼の手から逃げるよう、ソンジュさんの上体を軽く体で押した。
 
「…どんどん、ユンファさんへの愛が深まっていってしまうんです…――一秒ごとに、俺は貴方に恋をしてしまう…、貴方はさすが、やっぱり俺の“運命のつがい”だね……」
 
「……、……」
 
 あれって…本当のことなんだろうか。
 とは思うのだが、もし本当のことでも…僕はなんとなく、それもわかるような気がする。
 
「…期待を裏切らないどころか、その期待を更に越えて、俺をどんどん深みへと嵌まらせてゆく人だ…――どんどんユンファさんが、欲しくなる…、どうしても、何をしても、どんな汚い手を使おうとも…どうしても俺は、ユンファさんが欲しいんです……」
 
「………、…」
 
 あたたかい。――ソンジュさんの声が、僕の耳元の近くにある。…密かにドキドキしてしまう。
 
 僕が貴方の目を塞げたら――ふ、とそう思って、僕は小さく頭を横に振った。おこがましいことだ。…というかさっきも、おこがましいことを言ってしまった。ずっと側にいられるわけでもないだろう。
 
 “契約”――僕は、…その二文字が重たくて重たくて、ソンジュさんを抱き締めることにさえ逡巡してしまう。…僕は生まれつき、臆病者なのだ。だから、自分だけを一途に愛してくれる人でなければ、駄目なのだ。
 
「……ふふ…、貴方の魅力は、魔性だな……」
 
「……ん、♡」
 
 カチャ…と僕のうなじに回る、チョーカーのチェーンを外したソンジュさんに、ゾクンッと危機感に似た感覚が腰から背骨を伝い、もぞもぞとうなじに走り抜けていった。
 
「……でも俺は、本当にもう、九条ヲクを背負うことに関しては、なんら構わないのです…――俺はもう全てを諦め、自分の人生を、九条ヲク家に捧げると決めている……」
 
「…………」
 
 僕の耳に唇を触れされながら「でもね…」と囁くソンジュさんは、小さく、か弱く…切ない声で。
 
「……そんな俺の、は…ユンファさん…――貴方なのですよ……」
 
「……、…」
 
 ひく、と――なぜか僕の腰が小さく跳ねた。
 ぽうっと浮かんでくる熱が、僕のうなじをもぞもぞとさせ、熱くする。――いや、セクシーな声であるのはそうなのだが、…なぜ僕、この言葉にじんわりと感じてしまったのか、…それがよくわからないのだ。
 
「…なぜ俺が、貴方に“恋人契約”なんて持ち掛けたのか――貴方はきっと理解もできず、きっと、とても不思議でしょう…? 本当に自分を愛しているのなら、その通り、ただ自分を口説けばよいのに、と……」
 
「…………」
 
 する…と僕のチョーカーを持ったまま引いてゆき、離れていったソンジュさんは、目線を伏せて――手に持つ薄紫色の宝石タンザナイトを、どこか愛おしげに眺めている。
 
「…不安にさせてすみません…しかし、詳しい理由は…少なくとも、いま話すつもりはありません……」
 
「………、…」
 
 ソンジュさんは手元にある宝石を眺め、その透き通った水色の瞳に、キラキラと薄紫色の星をいくつも宿している。――まるで夢を見ている少年のような目だ。…それでいて、諦めを知った大人の男の、寂しそうな目だ。
 
「…ただ、俺がこの“契約”で求めているもの…、それは…――。」
 
「…………」
 
 
 どうして、ソンジュさんは――。
 
 
「…ユンファさんに、俺を愛していただきたい…、いわば、それのみです。――一週間…、この一週間は…俺にとっての、だ。…大げさに言えば…生死をも懸けた、俺の人生を懸けた…、なのです。…」
 
 
「…………」
 
 賭け――。
 正直、どういうことなのかはわからないが。――やっぱりソンジュさんは、本気で、本当に…僕のことが、欲しい。…のかも、しれない。――そう思うのは、やっぱり僕が馬鹿なんだろうか。
 
「ですので、一週間…できたら、俺を愛してください。…ふふ……」
 
「…………」
 
 
 どうして貴方は、僕の目を見ずに。
 
 
「…それに、何かしら理由がなければユンファさんは、不安になる人でしょう。理路整然とした説明があってこそ、貴方は納得し、安心して感情を味わえる人だ…」
 
 
 どうして、そのタンザナイトを見て。
 
 
「…何でもしますから…、貴方に愛していただけるように、努力いたします……」
 
 
 どうして…――諦めた眼差しを、それに向けるのか。

 
「……努力は、してみますから。…」
 
 
 どうせ俺なんか…貴方に、愛されるはずもないでしょうけれど。――そんな言葉が聞こえてくるような目だ。…そう泣き出しそうな目で笑うソンジュさんを、…僕は。
 
「……ソンジュさん」
 
 貴方を、抱き締めた。
 やっぱり、ソンジュさんは少しだけ、僕に似ている。
 
「……、…、…もう理由、いりません、僕は……」
 
 言ってしまおうか。――言ってしまおうか。――言ってしまおうか。…僕は、ソンジュさんのことを強く抱き締める。
 するとソンジュさんは、僕を抱き締め返した。――しかし、それでいて彼は、諦めたような静かな声でこう言うのだ。
 
「…いいえ。理由はいるのです。いくらでもいるのですよ。…むしろ…理由は多ければ多いほどに、良いとされるものだ。――俺が愛される理由は、なくてはならないものなのです。…」
 
「……、…、…」
 
 僕はまぶたが重たくて重たくて――沈む気持ちと、切ない思いに、重たくてたまらず、…ソンジュさんの肩の上で、そっと目を伏せた。
 それは僕に限った話だろうか。僕の気のせいだろうか。
 
 ただ、愛されたい。
 理由がなくとも愛される。
 
 笑わなくとも、可愛いと愛される。
 我儘を言っても、仕方ないなぁと、許される。
 
 気のせいだろうか。――僕の、気のせいなんだろうか。

 
「…貴方が好きです、…理由なんか、理由なんかなくても、…すみません、――僕は、貴方が好きです…、“契約”なんか関係なく、……僕は…ソンジュさんが好き…」
 
 
 言ってしまった。
 …怖いけれど、正直情けなく、涙が目を潤ませるけれど。――もう後悔しても、放った言葉が、僕の口に戻ってくるわけじゃなし。…なかったことになるわけじゃなし。
 
「…愛してます、ソンジュさん……」
 
「……、ユンファさん…」
 
「…でも…魅力的な貴方を愛する理由は、いくらでも、難なく見つけられますから…、僕が一週間、貴方が愛されるべき人だという理由を、毎日見つけますから…」
 
 僕がそうすれば、少しでも貴方の気持ちを満たせるだろうか。――そうすればソンジュさんは、安心してくださるのだろうか。
 たった一週間だとしても…僕は貴方のことを、少しでも幸せにして差し上げられるだろうか。
 
 
 
 
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