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幸福に浸りながら望む貴石※
13
しおりを挟むソンジュさんはにっこりと笑っている。
「――ですが、どうぞご安心ください。…実は出発前に、ユンファさんのスマートフォンの電源はモグスさんがオフにしていてくださいましたので、この家の場所がケグリたちにバレたということはありません。…そして、安全なデータに関しては、新しいスマートフォンのほうへ全て移し換えた上で、古いものは厳重に廃棄する予定です。…というより」
「……つまり、捨てたんですね…」
僕の、スマホを、勝手に。
まあもうこの際勝手にスマホをいじられたことはもういい、もう逆にそれ以外のほうが衝撃的だからだ。ツッコミが追い付かない。――低い声で聞けばソンジュさん、いえいえと微塵も悪びれた様子なく、余裕のある笑みをゆるゆる横に振り。
「…いや。…ケグリの家に、お礼状付きで返送する予定です。――まあ、ある意味であのゴミ溜めに送り返してやるわけですから、廃棄といえるかと。…」
「……何を、勝手に…」
送り返すも何も、あれはもともと僕のものだ。
それこそあれ、ノダガワの家に行く前から使っていたスマートフォンなのである。
「…ええ、すみませんでした。今後は改められる場合ならばそのように。」――そう謝りつつも曖昧にかわして、明確にもうこれからはしません、なんて言わないソンジュさんは、次に目をぱちくりさせながら。
「…しかし、何が問題なのですか? いえ、一般的な感覚でいえば身勝手な行為だったとは、もちろん理解していますが、…正直俺は、自分が完全に間違っているとも思っていません。――ケグリが関わった物はすべて気持ち悪いので、俺はぜんぶ排除したいのです。…実に、あんな目に合わされていたのですから、ユンファさんだって、そうでしょう?」
「……、まあ…そりゃ……」
ケグリ氏のことは嫌いだ、確かにそうだ――そうだが。
ソンジュさん、僕が怯むほど、あまりにも無垢な子供のように目をキラキラさせてこんなことを言っている。――なぜだろう、確実に身勝手なのはソンジュさんだというのに、どうしてか彼のこの、可愛い犬のような目を見ていると、…僕の強く追及する気持ちがみるみるしぼんでゆく。
「…まあ、じゃあ…とにかく、新しいスマホはくださるし、ある程度データはそれに、引き継がれているんですね…?」
「はい、もちろんです。――ただ、俺の連絡先と、モグスさんの連絡先も追加させていただきました。」
と、にっこり。
もはやここまで悪びれた様子がないと、もう僕が折れるしかなさそうだと、…僕はうなだれる。
「……はあ…まあ、それなら……」
それに、お二人の連絡先が追加されていることに関して僕は、別に何を思うでもない。――これから必要になってくる可能性もなくはないだろうから、それに関しては、むしろ手間が省けたくらいかもしれないが。
スマホを勝手に捨てられた…いや、まあそれこそ大学一年生のころに買い替えて、そのまま今まで使っていたスマホである。――勝手に初期化され、勝手に廃棄され(ケグリ氏たちに脅し目的で送り付けられ)たにはそうだが、…正直もう今更だろう。返して、と言ってもどうせ、このソンジュさんがそうしてくれるはずもない。
服に関してもそうだ。
呆れたというのは本音だが、…これ以上何を言っても別に、どうせ服を捨てられたことが改まるでもなし――ゴミ箱から拾われる気配はゼロだ、そもそもそのあたり彼、反省はしていない――、何より、僕はそもそも服にこだわりもないし、ソンジュさんが適当な服を用意してくださっているというのが本当なら、僕は別にそれを着ること自体嫌ではないのだから、今回はもういい。――それに、アダルトグッズを始め、あのヒラヒラスケスケの下着たちなんか本当は、僕は一番どうでもいいのだ。
多分どうせ、ソンジュさんにこの件の異様さを言い募ったところで、え? なんで? という反応が(また)返ってくるだけである。――まずこの人を説得なんか無理だ(むしろ結局僕が言い包められているくらいだ)し、彼、何より本気で何が悪いのかわかっていなさそうなので、…それを一から説明するのは、大変骨が折れそうである。
まあ、逆にポジティブに捉えるなら、服にしても新品が着られる、新しいスマホに買い替えられてよかった、心機一転、人生が変わるときは何においてもガラリと変わる――くらいに、捉えておこうか。
「…あ、あと念のため、ユンファさんを守るという目的のために、GPS機能、ボイスレコーダー機能もお付けしておきました。」
「…………」
顔を上げて見れば…一見優しい微笑みを浮かべ、声を聞いただけではかなり爽やかかつ穏やかなのだが…――誰が聞いてもソンジュさんのこれは、穏やかではないセリフだ。
それでは結局、ケグリ氏とやっていることが同じである。
「…ただ、もちろん念のためです。――それらは、俺からユンファさんが離れた場合にのみ機能するようになっておりますので、そう常にユンファさんを見張っているわけではありません。…外出した貴方が、ケグリたちにさらわれてしまう可能性だってありますからね。」
「…な、なる、なるほど…」
どうだろうか。――正直ケグリ氏がそこまでするとも、しないとも思う。…はっきり言ってそれがわからない以上、僕はその念のためを受け入れておいたほうがいいのかもしれない。――まあ確かに、万が一、ということはある。
「…わかりました。じゃあ…それで……」
まあ…もう、いいや…――とは思うが、…つまり僕、ソンジュさんと物理的に離れたら、それこそ何処に行くんでも場所がモロバレになるってことだろう。
別に変なところへ行くわけでもないし、僕には何もやましいことはないんだが、それでもやっぱりソンジュさん、そこまでするほど、僕のことが心配なんだろうか。
「……、…、…」
そんなに気にかけられているとは――。
どうしよう、ちょっとキュンとしてしまった。…別に、疑いというよりは心配が故なのだろうし…――?
「ふふ…喜んでくださってよかった…、ご理解いただき、感謝いたします。」
「…ぁ、ちが…」
喜んだんではない、…不当といえば不当だとは思っている。――しかし、にっこりと笑ったソンジュさんは、「じゃあ、そろそろ」と目線を伏せ――自分の纏う白いワイシャツのボタンを、開け始めた。
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