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幸福に浸りながら望む貴石※
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しおりを挟むいや、別に失望も何もない。
そもそも、僕はケグリ氏に対して希望も何も抱いていなかったわけだし、別に、好きでもなければ愛しているなんてもっとありえないことだ。――むしろケグリ氏なら、そういうことをやりかねないとすら思っている。
「…………」
僕の勝手な想像だが…――モウラやズテジ氏はともかく、僕は、ケグリ氏は本当の意味で僕と結婚したかったのだと思っている。――まあ彼、僕が此処に来る前には「お前にアルファの子供を産ませたいだけだ」というようなことを言ってはいたが、それもおそらくは、僕がケグリ氏のことを意地でも旦那様と呼ばなかったからだろう。
つまり、僕が折れなかったからだ。
どれほど、何を諦観していようとも、それでも僕は決して、ケグリ氏と結婚する、とは言わなかった――これを簡単に言えば、僕が自分に振り向かないから、当てつけのような気持ちで彼、あのように言ったのだろう。
それこそケグリ氏は、本当に幼いときから僕のことを見て、いやらしい目で見てきたのだと思う。――何ならいまだに、ケグリ氏は僕の下着で自慰することがあった。…どうだ、どうだ、興奮するか、とそれを見せ付けられるようなこともあるし(もちろん気持ち悪いだけだが、僕はお世辞で興奮します、見ているだけで濡れます、と機械的に答えていた)、朝一番僕の下着にわざわざ射精し、それをそのまま穿いて一日過ごせと言われるようなこともあった。
『将来おじさんと結婚しよう、ユンファ君』――僕は小さなころ、ケグリ氏にそう言われたことがあるらしい。…僕はまだ小学生にすらなっていなかったはずだ。そして僕は我ながら、大人に甘えるのが上手い子供であった。…だから、多分そのときに僕は、『うん、いいよ』と何も考えずに頷いてしまったのだと思う。
ケグリ氏はたまに、僕を抱きながらそのときのことを言うことがある。――『ユンファは小さいころ、私と結婚すると言ったんだよ。私のお嫁さんになると、ニコニコしながら頷いたんだ。…だからお前は、私と結婚する運命なんだ』…もちろん、小学生にもなっていない僕がそれに『いいよ』と答えてしまったことには、はっきりいって我ながら罪も責任も、それどころか約束も何もないと思っている。
とはいえ――ケグリ氏にとっては、あのときの僕の『いいよ』こそ、婚約の約束ということになっているのだろう。…言質…というか、物心付く前の僕のYESであろうと、ケグリ氏にとってYESはYES、だからそのときのことをしつこく、いまだに言い募ってくるわけだ。
ケグリ氏は――ずっと僕を手に入れたかったのだ。
僕を自分色に染めたかった。しかし、単純に結婚してくれ、お前が好きだ、と言ったところで僕が、自分になびかないということも理解していたケグリ氏は――僕のことを壊した。壊せばコントロールしやすいからだ。
どれほど汚く凄惨な手を使おうとも、ケグリ氏は僕を自分のものにしたかった。――だから僕を陵辱し尽くし、性奴隷として追い詰め、おとしめ、僕の余裕をなくして…、それこそソンジュさんの言うようにマインドコントロールをし、そうして僕のYESを引き出そうとしていた。
いや、それくらい僕に執着していなきゃ…――あの“性奴隷契約書”と同時に、婚姻届なんて、僕に突き付けたりしなかったことだろう。…それに思えば、“性奴隷契約書”の内容に関しても…チラチラと結婚の二文字がチラついた内容でもあったように思う。
僕はたしかに、もうケグリ氏には逆らえない――それこそこんなこと、彼の側では深く理解しようともしていなかった。そうしてしまえば、僕はそれこそケグリ氏のことを、毎日セックスをしなければならないケグリ氏のことを、嫌悪対象としてしか見られなくなる。…そしてその人に、自分の初経験を、ファーストキスを奪われたということを悔しく思い、死にたくなるからだ。――だから僕はこれまで、その真実から目を背けてきた。
それでも、薄々気が付いてはいた。
きっとそうなんだろう、と――僕を手に入れたい、ただそれだけの目的のために、僕のことを貶めて汚辱に浸し、コントロールしたいのだろうと。――それこそ…ケグリ氏こそ、自分なんか、という劣等感にまみれた人なのだろう。
そして、モウラやズテジ氏をも巻き込んだのは――あくまでも自分の弱いところ…つまり本音、僕への歪んだ恋心を、僕に悟らせないためだったか。…僕がケグリ氏の恋心を悟れば、その人のその気持ちを拒むことを、彼はよくわかっていたのか。
それどころか、僕にその気持ちを馬鹿にされる、とすら思っていたのかもしれない。――男というのは、ほとんどの人が好きな人よりも上に立ちたい、リードしたい、その人よりも強くありたい、…大なり小なり支配しておきたい、という生き物なのだ。…その気持ちは、同じ男として理解できなくはない。僕は恋愛経験こそないものの、以前の僕は誰よりも優っていたい、誰かに認められる形で惚れてほしい、という気持ちがあった。
あるいは…息子のどちらかとでも僕が結婚したなら、事実上自分のものになる、というカウントだったのかもしれない。――仮にそうなれば、ケグリ氏は僕にとって義父となるわけだが…あのケグリ氏ならそれこそ、僕に自分のことを「お義父さま」と呼ばせながらも、体の関係はそのまま継続したに違いない。
とはいっても…もちろん僕はそんな人と結婚したいだとか、もちろんモウラやズテジ氏に関してもそうだが、そんなことは少しも本音で思えないし、思ってもいない。…楽になるために、という折れる形でそれに思い至ることこそあったが、やはり冷静になって考えてみれば、どう考えても無理な話だ。――それどころか、彼らにはどんどん幻滅してゆく。
はっきり言って、気持ち悪いとしか思えない。
しかし、少なくともケグリ氏がそうした歪んだ愛情を僕へ向け、そして僕に執着していることは事実なんだろう。
だから、ケグリ氏ならやりかねないと思うのだ。
あわやソンジュさんに、完全に僕を取られてしまうのではないか、と危惧したケグリ氏ならば、GPSや盗聴なんかを仕込む、それは…正直、彼ならそれくらい普通にしそうなのである。――それどころか、どうだろう。
もしかしたら僕は――もうすでに、日常的にそうされていたのかもしれない。…買い物へ行ったとき、また風俗店『DONKEY』に出勤しているときなど、そうして自分から離れている僕が、万が一ケグリ氏たちから逃げ出さないように、と。――そもそもこうなる以前に、ケグリ氏は僕のスマホへと、いつの間にかそうできるような細工をしていたのかもしれないのだ。
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