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Pale blue-eyed jealousy ※微 ※モブユン
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しおりを挟むあの寝室を出た僕たち――ソンジュさんは僕の腰の裏に手を添え、僕の歩調に合わせつつも僕をリードしてくれている。――ちなみに僕が脱いだワイシャツと下着、スラックスはソンジュさんが、ドカッと恨みを込めたようにゴミ箱へ投げ捨ててしまったので――僕は相変わらず、白いシルクのローブを身に着けている。
「…………」
「…………」
正直いうが、たとえソンジュさんの愛が狂愛に近いものであったとしても――少なくとも今は、全然悪い気がしない。…いや、むしろこんなに愛してもらえるなんて、凄く心地良い。僕はいま、とても幸せを感じている。
でも…――やっぱり、僕なんかが、という疑う気持ちはまだある。…やっぱり僕は、こんなに美しくて九条ヲク家に生まれたソンジュさんに、どうしてここまで愛を注いでいただけるのか…まだ、わからない。本当に不思議だ。
なぜ性奴隷の僕なんかに、こんなに――いや。
「………、…」
僕は今、もう性奴隷じゃない――タンザナイトの、チョーカー。…ソンジュさんの、恋人だ。
指先でそっとその宝石に触れると、ひやりと冷たい。…婚約。――婚約指輪の、代わり。
つまり…暫定僕が、ソンジュさんの…――ソンジュさんだけの、もの。…になる…という、約束のチョーカー。
僕らはこれで、婚約をしたカップル…ということになり、でも…――それは“契約”で、…結婚をするにしても、“婚姻契約”…ということになる。のだろうか。
「…………」
どうしたら、僕は…――本当の意味で、ソンジュさんだけのものになれるんだろう。…“契約”ではなくて、…ただ側に居たいです、と…彼に持ち掛けたら。
どうなってしまうんだろうか…――拒否されるのだろうか。…それとも…喜んで、くださるのだろうか。
やっぱりパニックになってしまったね、と僕に言ったソンジュさんは、もしかして――モグスさんの言うように、本当はただ、僕と恋人になり…結婚したかった。…ただそれだけのこと、だったんじゃないだろうか。――いや、…わからないけど。
「…ユンファさん…――“夢見の恋人”、お好きなんですか」
「……、あ、はい…」
前を向いているソンジュさんに振り返ると、彼もまた神妙な顔をして僕に振り返る。
「…俺も好きな作品です。――“夢見の恋人”は、俺が世界で一番愛している作品なんですよ。…」
「……へえ…、ソンジュさんも。…僕も、本当に大好きな作品で……」
まさかの同じ作品好きとは、親近感が湧く。――いや、そういえばさっきモグスさんも、『夢見の恋人』がどうとか言っていたか。
僕は“ユメミ”だ…――ユンファじゃない。
近頃の僕は時折、ユメミになった。――そう思うと、あの苦境の中でも救われたような気分になれたからだ。
ユメミはきっとこういう状況でも、最終的にはきっと、幸せになれたことだろう。――『夢見の恋人』は二巻で終わっている。二人は確実に想い合ってはいるが、結ばれて幸せになったかどうかという明確な結末は描かれていないまま、また、作者のpine先生はもう続きを書く意思はないという。
それどころか先生は、読者が個人個人でユメミとカナエの結末を決めてくれというのだ。――ならば僕は、ユメミとカナエが結ばれて幸せになれたものと思うことにした。
そうしてたまに、僕に似ているユメミと自分を重ねて、僕は夢に逃げた。…それではまるで、大好きなユメミを穢すようだとは思っても、僕は、たまに彼になることで――辛い現実の中でも、甘い夢を見ることができた。
そうして僕は、その幸せな夢を少しずつ食べて、何とかこれまで生きてきた。――『夢見の恋人』は、僕を救ってくれた物語なのだ。
で…――。
“「ァほんと? いやー私、なぁんかね…いやなーんとなくですぞ。やあーあのお話に出てくるユメミくんが、どーーもユンファさんに似ているような気がしてね……」”
“「…はははっ…いやぁ~なるほどね。いやぁなるほど、そういうことかぁ…――なあボク、もしかしてお前、あの日に一目惚れした人って……」”
先ほどのモグスさんの発言から考えるに――もしかしてソンジュさんもまた、僕と同じようにカナエに感情移入して『夢見の恋人』を楽しんでいたのか? そういえばソンジュさん、カナエに容姿がそっくりなのだ。――そしてユメミに容姿が似ている僕に一目惚れをした、ということだろうか。…つまりソンジュさんの初恋の相手は、厳密に言うと僕ではなく、僕に似ているユメミ。
それならばまあ、わからないでもないか。むしろそうなら更なる親近感が湧く。――いや、我ながら鋭い線をいっている推測じゃないだろうか。
いや……?
でも…あの日って――?
などと歩きながら考えていた僕は、言いかけた言葉を続けていないままだった。――そんな僕にソンジュさんは、「…大好きな、作品で…?」と不思議そうに、先ほどの言葉の先を促してくる。
「…あ、…はは……そう、大好きな作品で…僕、もともと本を読むのは好きなほうなんですが、正直、あれ以外の恋愛ものは読んだり、見たりしないんですよ…――でも、そんな僕でも“夢見の恋人”は本当に、一番大好きな作品になって…」
「あぁそうでしたか…、いや、それは失敗したな……」
と、ソンジュさんは、はたと目を開き、それから目線を伏せて思案顔をする。
「…? 何がですか」
「いえ、こちらの話です。――ユンファさんも、本がお好きなんですね」
と、話を変えるように微笑むソンジュさんに、僕は「はい、以前は一年に何冊も読んでいました」と答える。
「…ソンジュさんも、本をよく読まれるんですか?」
「…ええ。」
「へえ…、作家さんでも読むんですね」
てっきり僕は、小説家の人は、いわゆる同業者の作品を読まないものだと思っていた。――そんな僕にはは、と小さく笑ったソンジュさんは「むしろ作家のほうが、普通の人より本を読んでいるかと」と言って、…さり気なくするり、僕の腰を抱いてくる。
「…そうですか、そんなもんなのか…、…」
ところで…もはや曖昧だが。
――僕は、恋人がいた経験がない、のだ。
いや、モウラはともかくである。…彼は僕のことを騙すために僕と交際しているふりをしていたのであって、厳密に言えばモウラとの恋人関係は、僕の恋人遍歴にカウントしてよいものではないだろう。
と…なると――つまり二十六歳までキスも何もしたことのなかった僕は、これまでに交際経験があります、とはとても言えないわけだ。…ここは一回、ソンジュさんの求めるものを明確にしておくべきではないか。
「…ユンファさんは、読むだけですか。――それとも、何か創られたり…?」
「…ぁ…あぁいいえ。僕にはそういう凄い能力はないので…、…あの…ソンジュさん」
僕は勇気を出し、ソンジュさんの水色の目を見た。
すた、と廊下への扉の前、いよいよというところでそう切り出した僕に立ち止まり、「はい…?」とソンジュさんが不思議そうに、目をしばたたかせて僕を見ている。
「……僕…正直、…いや、そりゃあセックスは経験あります、性奴隷でしたから、キスだってそうですが…――ただ、セックスは数え切れないほどしていても、はっきり言って僕には、…恋愛経験が、ないんですよ……」
「…はい」
「…ですから、つまり、あの…この“恋人契約”…というか、恋人って、つまり――あーと…僕は、どうしたら…? 何をしたら、いいんでしょうか…、恋人って、何…するんですか…?」
そういえばソンジュさんは、追々教えてくれると言っていたじゃないか。――それは都合がいい。なら僕としては、早いところその内容を聞いておきたいところである。
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