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愛する瞳

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「……きれ、い…?」
 
 痛いほどの違和感がある。僕が…――綺麗…?
 ソンジュさんはうっとりと、僕の目を見つめてくる。
 
「ええ。ユンファさんは、とてもお綺麗です。――貴方は本来、誰よりも気高い人なのですよ。…美しく、珍しい銀の毛皮を持っているからこそ、人間は貴方を飼い慣らそうとし、首輪をつけ、言いなりのペットにしようとした…」
 
「………、…」
 
 ソンジュさんの優しい声が、僕の脳にじんわりと染みてくる。――ざわざわした感覚が、僕の額の裏にある。
 
「…きれい…、……」
 
 優しい笑顔で、優しい声で…――僕のことを綺麗だと言ってくださった、ソンジュさんのすべてが僕の頭に鮮烈に、とてもよく残っている。
 
 それなのに――否定しなければならない、という猛烈な恐怖に襲われるのだ。
 
「……いいえ…、僕は綺麗じゃありません…」
 
「いいえ。貴方は本当にお綺麗です、ユンファさん。」
 
「……、……」
 
 僕は、きっぱりとそう言い切ったソンジュさんの目を見ていた。水色の、まるで宝石のように美しい目だ。――僕の涙に濡れた頬を指で拭い、ソンジュさんは複雑そうに目元を翳らせている。
 
「…どうか、ご自分の価値を見誤られませんよう。――貴方はまだ、その銀狼ぎんろうの毛皮を剥がれ、殺されたわけではありません。」
 
「……、…」
 
 ぼんやりとしている僕の頬を、ソンジュさんは先ほど流れた涙を拭うようにやさしく、その親指の腹で何度も撫でてくれる。――「本当に貴方は、お美しいですよ…」陶然としたソンジュさんはそう呟いたあと、…彼はまた僕の目を真剣に、まっすぐ見据え。
 
「しかし…今日俺がこう言ったからといっても、残念ながら…これでユンファさんにかけられたマインドコントロールが、完全に解けるということはないでしょうね。そう簡単には…これは、いわば人間だからこそ成せる、のようなものなのですから……」
 
「……、……」
 
 呪い…――確かに。
 そう言ってソンジュさんは、「立ちましょうか」と声をかけてきた。――僕はふらふらしながらも、ソンジュさんの差し出された手に、腕に縋り、支えられながら立ち上がる。…するとソンジュさんは僕の体、腰を支えて、するりと腰の裏を抱き、自分の肩を掴む僕の――もう片手を取り、またゆっくりと後ろにステップを踏む。
 そうしながら彼は、ふんわりと柔らかい笑みを浮かべて僕の目を、どこか切ないほど愛おしそうに見つめてくる。
 
「…とはいってもね…、少なくとももう、貴方を支配していた張本人らとは離れられましたでしょう。――実はそれもまた一つ、マインドコントロールを解く有用な手立てなのです。…それに、まずは自分が理不尽な扱いを受けていたんだ、ケグリたちが定めた価値は間違っていたんだ、おかしかったんだ、と気が付くこと…それができていたならばまず、大きな第一歩ですよ、ユンファさん。…」
 
「…………」
 
 美しい、ゆったりとしたピアノの旋律――クラシックミュージックが、これほどに似合う美青年。…その人の、まるで海の波音のような、美しくなびいた声。
 
 まるで王子様――。

「…ゆっくり、ご自分のペースでよいのです。…俺は何度でも貴方の間違った認識を正し、を言います。…ただ、もしかしたら…環境がガラリと変わったご不安に加えて、ユンファさんは、ケグリたちと離れていることが酷く不安に思えるかもしれません。――でも、それこそ負けてはいけませんよ、ユンファさん。…きっぱりと、決別するのです。、ね…?」
 
「……、…、…」
 
 貴方のお側にいれば…――安全。
 でも、でも僕、一週間しか…――その思考を否定する、ソンジュさんの柔らかい微笑み。
 
「…大丈夫ですよ、ユンファさん…――。」
 
「……、…」
 
 ソンジュさんは、その淡い水色の瞳をまったりととろけさせたような、甘い色を僕の瞳にかぶせた。――すると、僕のまぶたが重たくなる。
 力が抜ける。――僕のまぶたの、頬の、唇の、額の、眉の、あごの、――手の、指先の。――ふわりと力が抜ける。…大丈夫…もう大丈夫…安全なんだ、と、安心してゆく――。
 
 僕たちはゆっくりとステップを踏みながら、自然とうっとりと見つめ合っている。――ゆるやかなピアノの旋律に酔い、僕はこの水色の瞳に陶酔している。
 
「…ユンファさん…、俺、本当は…――本当に、俺……」
 
「……はい…」
 
 僕の力ない返事。――気の抜けた、ほとんど吐息のような返事にソンジュさんは、ふ…となめらかにその切れ長の目を細めて微笑んだ。
 とても美しい微笑だ。――夢を見ているように、ぼうっとしてしまう。
 
「――俺は貴方のことを、本当に愛しています。俺は心から、ユンファさんを愛しているのです。…」
 
「………、…」
 
 そしてソンジュさんは、あたかも長年想いつづけた先の、もうすでに愛し合っている恋人へと、甘く切ない愛を囁くような――そんな女性的にやわらかく甘い、美しい声で、こう言ったのだ。
 
 
 

 
 
 
 
 
 
「…ですからユンファさん…どうか俺と、結婚してください…――。」

 
 
 
    つづく
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