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愛する瞳
35
しおりを挟む――広すぎるほど広い部屋の中に、ゆったりとしたピアノのクラシックミュージックが、耳心地のよい音量で響いている。
「……、マンション…、…マンション…?」
「ええ。いや、何をおっしゃるのやら、ふ…――先ほど俺たちは、エレベーターに乗って此処へ帰ってきたではないですか。」
「…………」
僕の知っているマンションの室内、ではない。
…そもそもあの、青にクリーム色を貴重とした細長いペルシャ絨毯の廊下にはいくつかの扉があった――というか正直庶民の僕は、そもそもあの高そうな絨毯を踏むこと自体に躊躇があったが、そんなことよりも――。
扉…それも一つや二つではない、わざわざ数えてはいなかったが、少なくとも四つはあったような気がする。――つまりトイレや浴室があるとしても、なんて考えていたのだが、そのほかに少なくとも二つはまた別の個室があるということだ。…で、二階にも部屋が…と思っていた。
ずいぶん広い家なんだな、なんて――しかし、廊下を真っ直ぐ行った先の、木製の茶色い扉をソンジュさんが開けた時点で、いよいよ僕は、此処が本当にマンションなのかどうかを疑いはじめた。
「…………」
天井が高い…また大きなシャンデリアだ(今度は黒いシャンデリア)――というか、また二階への階段がある。
今入ってきた出入り口からちょうど右手側に、黒い手すりの白い上り階段がある。――そしてその階段を上った先には廊下があり、そしてそこにもまた、三つの扉がある。
マンションって普通、いや普通のマンションではないか、それにしたってマンションに、二階なんかあるものなのか――いよいよもう、本当に疑わしい。
というかそもそも、この部屋自体がだだっ広い。ダンスホールかよ、というくらいだ。
左方向の奥に大きな、僕が電気屋でさえ見たこともない大きなテレビが壁にかけられ、そのテレビを囲うように、黒い壁の余白を残すほど余裕ある大きな暗い茶色のテレビボードが、そのテレビを囲っている。――その、およそ二メートルはありそうなテレビボードの左手側は、細長い扉が開かれたままになっており、その中の棚には遠目にもわかる…上から下まで、本がぎっしりと段に分けられ詰め込まれている。
そして、そのテレビの前にはかなり余白を開けて茶色く細長いローテーブルが(艶のある木製、茶色一色だが角は何か模様が彫られている)、そのローテーブルの前には、十人は腰掛けられそうな白く連結したソファが、…周辺の床には黒に金糸のまぶしいペルシャ絨毯が。――とどのつまりがこの部屋は、もしかして、…いやにわかには信じられないが、…リビングか…?
そしてそのテレビゾーンの左の壁、そこだけ一面黒い壁となっていて、その壁にさまざまな油絵やポスターがランダムに飾られている。――油絵は風景画から筋肉美の、ワイングラスを持った美青年、ギリシャ神話に出てきそうなその美青年のみならず、まるで女神のような神秘的な女性、――それからポスターは、赤いスポーツカーをやや褪せたセピア調で描いているもの、海外的にデフォルメされた黒猫がミルクを飲んでいる様など、――ずいぶんおしゃれなそれらの下には、……赤茶色のレンガ造りの…暖炉。
「……ハァ…?」
暖炉、だ。――マンションの中に。
マンションの中に、暖炉がある…――いや嘘だろ。
その暖炉の前には丸い形の、黒い絨毯。――遠目から見ても毛足は長そうで、もふもふしているようだ。
そしてその真左の壁から直角の壁には、また扉が一つ。
それから…この出入り口からの真正面は一面ガラス張り、出入り口正面にあるのは、ダイニングテーブルのような白く広いテーブルと、その長方形のテーブルに収められた何脚かの椅子――遠巻きには何脚なのかはわからない――、そのテーブルまで二十メートルくらいはぽっかりと開いて、床はまた大理石か、かなり開けた空間だ、本当にダンスホールかよ、という感じである。
ソンジュさんは僕の腰の裏をトントンと叩き、部屋の中へ進むように促しつつ「…どうぞ」と、やさしげな声で言った。
そしてもう一度「どうぞ」と親が子に食事を促すようなやわらかい声で言うと、彼は――一面ガラス張りの、上から見えるヤマトの都市のビル群のほうへと歩いて行く。
「…これからは此処が、ユンファさんの家なのですから。――お好きなように過ごしてください」
「…………、」
好きな、ように、…過ごせ…?
ヤマトの都市を見下ろせる、なんて、なんてセレブリティな光景だろうか。…ここで、…好きに過ごせ?
この高さ四十メートルはありそうな一面のガラス張りと、同じ長さのワインレッドのカーテンが、部屋のはしの方に深くひだになって細長く畳まれている。――世の中に、こんなに長いカーテンがあったのか(そういえば、先ほど見せてもらったユジョンさんとクリスさんの写真、彼らはこのカーテンの前でポーズを取っていたのか…実際に見ると真紅ではなく、もう少しシックなワインレッドだ)。
また階段の廊下したには、茶色い両開きの扉――僕の限りある知識で例えるのならば、まるで結婚式場の新郎新婦が入場してくるようなあの扉っぽい――がある。…そしてその扉のサイドの壁に、すずらんの花のようなランプが一つずつ。今は昼間だからか、消灯されているが。
そもそもとしてこの部屋もまた、生活臭のかけらもない。…なんだかさわやかな、男性もののムスクやマリン系の、香水のような香りがほんのりとする。――つまり、カナイさんの匂いだ。
「…………」
僕は、此処で――一週間も、暮らすのか。
漠然とした不安があるのだが――。
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