ぼくはきみの目をふさぎたい

🫎藤月 こじか 春雷🦌

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愛する瞳

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 ――チィンッ
 
 
 
 何度目かのその音に、はぁ…と吐息を僕の唇に吐きかけながら離れたソンジュさんのその目は、熱く潤んでいる――。
 
 僕たちはあのあと、もはやこのエレベーターに誰が乗り込んで来ようが、何人乗り込んでこようがお互いに何も気にせず、また人目をはばかることもなく、ディープキスをし続けた。
 
「…はぁ…はぁ……」
 
「はぁ……、…ふふ…」
 
 唇が離れても至近距離、鋭く、熱っぽくなった彼の切れ長の目が笑う。
 僕は、この色気を纏った水色の目を知っている。
 僕を抱いたときの、カナイさんと同じ目だ。――ソンジュさんはもう、欲情しているのだ。…下手したら僕は、もうすぐに彼に抱いていただけるのかもしれない。
 
「――ユンファさん…」
 
「…はぁ…はい…」
 
 息をすることもなかば忘れて、夢中でソンジュさんとキスをしていた僕がかすかな声で返事をすると、彼は僕の前でふふっと優しく微笑んだ。――ソンジュさんの目からはもう、欲情の炎がふわりとたち消えていた。
 
 なぜ…――。
 
「はは、…降りる前に、ちょっとだけ……」
 
 そう照れ臭そうに笑い、僕の肩に掛かるトレンチコートを直してから、ソンジュさんは――僕のことを、ぎゅうっと子供のように抱き締めてきた。
 
「……はぁ…、ふふ、落ち着くな…」
 
「……、…、…」

 なぜ…?
 なぜ、…なぜ彼は、僕を犯そうと思わない…?
 ムラムラしてたんだろう…――だからあんなキス…、それなのになぜ、僕の目を見た途端に…ソンジュさんの目は、優しくなったのだろう。――別に…好きにしたらいい、僕の体なんて、…僕のことなんて…好きにしたらいいのに。
 
「…………」
 
 いや、当たり前だ。――当たり前だとわかっている。
 僕は、先ほどまさしく性奴隷そのものの様相で、ソンジュさんを誘ってしまった。――そんな性奴隷が、図々しく抱いていただこうなんて…考えればすぐにわかることだ。
 
 普通抱きたいなんて思えるはずがない、汚い僕のことなんて――。
 
「……、……」
 
 でも、どうしよう…――。
 ただそうなると、妊娠、できないかもしれない。
 いや、まあ別に、そのときはそのときか…――僕がケグリ氏にお仕置きされるだけなのだし、ソンジュさんにそんなことを強要することはできない。
 
 でも、帰ったら僕、本当に、いよいよ…――。
 
「…………」
 
 ――ケグリ氏ご主人様の子供を、妊娠させられるのかもしれない。
 
 ソンジュさんはするりと離れた。
 そして、うつむく僕の前で、少し自虐的に笑ったのだ。
 
「…今きっと俺たち、はは、――人目も気にせずイチャつく馬鹿なカップルだと、このマンションの住人に思われていたんでしょうね。」
 
「……、…」
 
 え…それは――どうだろうか。
 その恋人同士に思われていたんじゃないか、という彼の言葉にはさすがに、僕は顔を横に振った。
 
「…いえ、まさか…」
 
 おこがましいことだ、いや、そもそもありえない。
 金髪オールバックに、紳士的な格好をしている――白いワイシャツに黄色味がかったグレーベストと黒いスラックス、真紅のネクタイまで締めている――ソンジュさんはともかく、僕は誰がどう見たって性奴隷そのものだろう。
 ケグリ氏に引き裂かれたままでズタボロのワイシャツ、ネクタイなんかしていない、ワイシャツの開かれた襟からは赤い革の首輪が丸見え、薄く白い生地の胸元は透けている――しかもおそらくはツンと勃った乳首が小さな影を落としていた――、いや、胸元に関しては、今しがたまで重なり隠してくれるようだったソンジュさんの体でかろうじてよく見えていなかったとしても、…少なくとも南京錠なんかぶら下げた首輪をしている僕が。
 
 そんな、今しがたまで激しく乱暴に犯されていました、という性奴隷そのものの僕と、ソンジュさんとディープキスをしていた淫蕩な姿は、誰がどう見たって誰か、ご主人様か、あるいはその性奴隷を貸し出された人か、という推測を、見てしまった人にされてしかるべき様子だったと思われる。
 
 ある意味でソンジュさんの、その“(僕らが馬鹿な)恋人同士に見えていたんでしょうね”なんて発想、正直僕は驚いているくらいだ。
 僕は目を細め、笑みを浮かべる。
 
「…こんな…性奴隷らしい僕と、ソンジュさんが…? いや、ありえませんよ。」
 
「…………」
 
 すると、ムッとしたソンジュさんは、まだ“恋人契約”が上手くいくかどうかという思考なんだろう。
 
「…誰が見たって不釣り合いですし、僕たちはカップルになんかとても見えなかったかと。…」
 
「………、…」
 
 だが、そんなの上手くいくはずないだろ。――僕はなかばソンジュさんを威圧するように、笑いながらそう言った。…黙って聞いているソンジュさんだったが、彼は冷たい真顔になっている。
 いや…そりゃあこんな僕なんて抱きたいはずがない。その扱いは、九条ヲク家のソンジュさんがするべき、性奴隷の僕への当然の扱いだ。――それなのに、なぜ。
 
「……抱く気もないのに、僕のこと、からかったんでしょう。…いえ、僕は性奴隷ですから。――汚くて浅ましい体なのは事実です。…もちろんそんなこと、僕は気にしてません。ソンジュさんが僕に触りたくないのも、抱きたくないのも、当たり前のことだと思ってま…」
 
「は…っ? おっ俺だって、だっ抱きたいですよ、そりゃあ…っ!」
 
「……、え…?」
 
 弾けたような勢いで僕の言葉を遮り、そうして僕を抱きたいと告白してきたソンジュさんは――まるで初々しい少年のように、頬を赤らめている。
 しかし、それも構わずに彼を見ている僕の切れ長の目は、今キツい細まり方をしているかもしれない。
 
「……、…ぃ、いや、とにかく、――僕らが恋人になんか見えていたはずありません、…」
 
「……、……っ」
 
 グゥ、と短く唸るソンジュさんに、…僕はもう感情がめちゃくちゃだ。――無性にイライラする。…なぜ、なぜ、なぜ。なぜなぜなぜなぜなぜ。
 
「…少なくとも僕は、誰の目にも性奴隷に見えて……」
 
「………ッ!」
 
 ギッと眼光鋭くキツく睨まれ、…僕はなかば喧嘩を売ったくせに、怯んで言葉を止めた。――いや止めたというか、…喉が詰まって何も言えなくなったのだ。
 
 
 
 
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