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愛する瞳
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しおりを挟むソンジュさんの家は、この高そうなマンションの地上二十階らしいのだ。
地下駐車場から入った先の小さな空間にあった、そのやけに華やかな匂いがふんわりとするエレベーターに乗り込むなり、ソンジュさんは階数のボタン上にある液晶パネルに片手をかざした。――おそらくそれは生体認証であり、すると勝手に階数のボタンの最上階、…『20』の文字がピッとオレンジに灯ったのだ。
二十階建ての高層マンション――もはや僕からしてみれば、そんなところに住んでいるだけでもめまいがするほど凄いのだが、…更に、その高層マンションの、最上階。…ソンジュさんは、地上二十階に、住んでいる。らしい(マンションに住んでいた友人の家に遊びに行ったことこそあるが、…二十階にまでのぼったことは、マンションと言わずどんなビルでも経験がない僕だ)。
そうして地上二十階へと向かい――急上昇するエレベーターのなかで、ぐうーっと頭から空気に抑えつけられるような、そうしたもぞもぞする重力を感じつつ僕たちは、お互い気まずい無言で出入り口の、そのエレベーターの天井付近にある階数がひとつひとつ灯ってゆく様を、ぼんやり眺めていたのだ。
ただ、さすがに地下一階から二十階までの道のりでは途中でエレベーターが止まり、そして、もちろん人が入ってきた。――するとソンジュさんは、僕のボロボロの格好を、やはり気に掛けてくださったのだろう。
ただ――ち、近い。
「……、…」
「…すみません、セクハラにならないといいんだが…」
「…ッ、ぃ、いえ、それは…大丈夫です…」
ソンジュさんはやけにセクハラだとか、そういうことを気にする人のようだ。
いま小声でそう僕に謝ってきたソンジュさんは今、エレベーターの壁に背を預けている僕の体を隠すように、僕の頭あたりに肘を着き――いわゆる壁ドン、という状況に近い形を取ってくれた。…のだが、いくらソンジュさんのほうが背が高いとはいえ、およそ十センチ違うか違わないかの僕と彼がそうして重なるように向き合うと、…真剣な彼の美しい顔が、非常に近い。――彼が話しかけてくると、その生暖かい息が僕の頬を湿らせて擽ってくるのだ。
すると、正直…僕の腰が擽ったく反応してしまう。
ただ、僕も一応さりげないふりをして腕で隠していたんだが――そのせいで肩にかけていたトレンチコートを落としそうになってしまったために、ソンジュさんは気を使ってこんな体勢に…いや、よっぽど怪しい二人組に思われなくもないような、そんな気もする。
何かと今更な僕だけならばともかく――アルファで九条ヲク家に生まれたソンジュさんは、世間体もあるだろう。
「…ソンジュさん、すみません…お気遣いはとても有り難いのですが…――正直僕は別に、どこを見られても大丈夫です、慣れてますから…」
「いえ、そういうわけにはいかない。」
「…、…あの…あのいえ、本当に大丈夫です、ですから一旦……」
そうじゃなくて、僕は――とりあえず退いてほしい。
本当に申し訳ない、申し訳ないから、もうお仕置きだなんだとかではなく、僕はせめてトレンチコートに袖を通して、前のボタンを閉めたいのだ。――が、ソンジュさんの腕に囲われ、近い前方に居る彼の体に阻まれて、腕を動かすことができないのである。
早くそうするべきだったんだが、もはやその間にどこをどう見られたって構わない。――ソンジュさんをはじめとして、他の人に迷惑さえかけなければ僕はいいのだ。
「…一旦退いてくださらないと、その…トレンチコートが、着られませんから……」
「…別に、これで隠れているのだから、いいじゃないですか。」
「……、…?」
は…? 何を言うんだよ。
やけに真剣な顔をしてそう断言するソンジュさんに、僕は小首を傾げる。――いやてか、な、なんて綺麗な顔だ、それにやっぱり良い匂いがする、ソンジュさんの吐息が、顔にかかる、何だ、吐息までなにかうっすら甘い匂いがするような…――彼の顔を見てしまうと、とたんにそうぐちゃぐちゃ断続的に考えてしまうので、僕は気まずさに顔をやや斜めへ背けた。
「…よ、よくないかと、正直、全然……」
こんな…レイプされました、みたいなワイシャツを着て、首輪までつけている僕を――腕で、体で囲い込むソンジュさん。…変な目で見られるどころの話じゃない。
それもソンジュさんは、あの九条ヲク家の人である。…そんな名家に、僕なんかのせいであらぬ噂が立ち上った日には、それこそどうなることやらわからない。
「…それはなぜです」
「…な、なぜって…僕とこんな体勢になっているソンジュさんは、正直、恥ずかしくないですか……」
――もちろん意図こそ違えど――僕のことを壁際に追いやって押し付け、まるで人目をはばからず、僕にキスでもしようとしている人…のようになっているソンジュさんこそ、妙な目で見られかねないかと思うのだが。――しかも今の僕の服装的にも、いろいろ完全にアウトである。
「…いいえ。俺は恥ずかしくも何ともありません。」
「…そうですか…でも、これじゃ変なうわs…ぁ、♡」
ソンジュさんの顔が、やや斜めへ背けた僕の顔…片耳に近寄ってきて、――すん、とそのあたりを嗅がれたような気がする、僕の勘違いかもしれないが。
「ごっごめんなさ、…変な声出して……」
けっこう擽ったかった。
いや…正直に白状すると、僕は耳が性感帯なのである。
それでひくっと跳ねつつ、小さくも思わず声が出てしまったのだ…――僕は慌てて小声でソンジュさんに謝り、片手の人差し指と中指の腹で、さりげなく自分の口を押さえて塞いだ。
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