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ぼくはぼくの目をふさぎたい※モブユン
39
しおりを挟む――バタン。
「…………」
「…………」
車の扉が閉められてしまった。――僕の靴が…行ってしま…、あ…いや。
立派な太いアームレストを挟み、後部座席に並んで座った僕とソンジュさんだが、車はまだ動き出していない。――というのも、運転をしてくださるのだろうモグスさんは何か用があるそうで、そうして今しがたスポーツカーの扉を閉めたあと…スタスタと、モグスさんの姿勢の良いベストの黒い背中は、
あの店…僕が今までいた店――『Cheese』のほうへと向かって行ったのだ(僕の靴を片手に持ったまま…)。
「…………」
いや、正直僕はさっき、なんとなく察してはいたのだ。
ジュウジョウ…――十条家の方であるモグスさんと、その家の血が入っているらしいケグリ氏には、何かしらの関係があると。…ましてや九条ヲク家生まれのソンジュさんと(曲がりなりにも十条家の~と言われていた)ケグリ氏も、何かしら面識があるようだったし。
とはいえ、それが気になりはするものの、僕なんかがズケズケと聞いていいことでないのは確かだ。
「…………」
僕はそう思って意識を転じる。
それにしても…こんなに低い車高の車に乗ったのは初めてで、いっそ車に乗っているという感覚さえしない。…僕は一応免許を持ってはいるが、…この車高の低い高級車を運転しろとか言われた日には、緊張で死ぬかもしれない(そもそも大学生のころに取ったっきり、あまり運転経験がないペーパードライバーである)。
「………、…」
というか、僕…――靴。
僕が見下ろした先、自分の黒い靴下を纏った大きな足が、この後部座席の下に敷かれた黒く荒いカーペットの上に乗っかって、居心地悪そうに指先を丸めている。
そうしてぼんやりと自分の足下を見下ろしていた僕の隣で、ソンジュさんが僕に声をかけてくる。
「…ユンファさん。そちら側のカーテンも、閉めてくださいませんか」
「……あ、はい」
ソンジュさんがそう要求してきたため、僕は後部座席の窓の端にある黒い遮光カーテンをとっさに掴み、シャー…っと恐る恐るそれを閉めた(これでブチブチとか壊したら、と思うと…多分これすら高い)。――すると、車内が薄暗くなった。…ソンジュさんは、自分のほうのカーテンも閉めていたらしい。
そうして前の、運転席側にある窓から差し込む昼間の明るい光のみとなったこの車内――ソンジュさんは更に、…後部座席と前部座席の間にもカーテンがあり、シャッシャーッと手早くそれを閉め、…僕の前のほうも閉め。――閉め切り。
一瞬かなり暗くなったが、ソンジュさんはアームレスト上の天井のライトを灯した。――そうなれば僕らのいる後部座席は、その暖色の明かりで照らされてそれなりには明るい。
そして、軽く顔をうつむかせているソンジュさんは、両手を使って丁寧に、かけているサングラスの耳掛けとグラスの折り目をつまむと、それをすっと外す。
「…………」
「…………」
綺麗な横顔だ。――この美しい横顔は、ソンジュさんがアルファだからだろうか。
どこか鋭い、研ぎ澄まされた美しい刀のような、そんなスッとクールな美しさを持った横顔だ。――ましてや彼の切れ長の目は、目尻こそ少したれ気味だが、その虹彩の色がまるでシベリアンハスキーのように印象的な、綺麗な澄んだ水色をしている。
横から見ても、この目には迫力がある、というか、悪ければ目が合っただけで威圧されているように感じるくらいかもしれない。――それにしても本当に美形だ。…華やかな雰囲気のある美青年のソンジュさんは、そりゃあああして女性からナンパされる機会など、いくらでもあった(ある)ことだろう。
「………、…」
「……ん…? ふふふ…」
つ…とそのやや垂れたまなじりに寄ってきた淡い水色の瞳が、僕を捉え…笑った。――いや、やっぱり。
先ほどからずっと聞きそびれている。というか聞いてもよいのだろうか。指摘しても、ソンジュさんは怒らないか。
正直、ソンジュさんは――目が見えているようにしか思えない。…ただ、そうなると彼はとどのつまり、意図的に視覚障がい者のふりをしている、ということになってしまう。…僕はソンジュさんのその横目をぼんやりと眺めていたが、居心地の悪さに顔と視線を、下へ向けた。
「…ふふ…ユンファさん。もしや貴方は今、こう疑っているのではないですか。…――私の目が、見えているんじゃないか、と。」
「……、……」
そう、だ。――そうだが、それをはっきりとはいそうです、なんて言ってしまえば僕は、ソンジュさんの目のことをいぶかしげに思っている、ということの証明になってしまう。――正直いぶかしんでいるのは事実なのだが、僕にはとても頷けないことだ。
しかしソンジュさんは、あまりにも事もなげな、やや笑みを含んだ声で。
「…ええ、見えていますよ。今も…――ユンファさんの月下美人によく似た美しい横顔が、きちんと見えています。…」
「…………」
だろうな…――。
そうはっきりと、「自分は目が見えている」と自ずから告白してきたソンジュさんに、正直僕は意外な思いなど一つもない。――そうとしか思えない場面の数々が思い起こされる。…僕のことをその薄水色の瞳であきらかに見ていたばかりか、ケグリ氏の顔を見て吐く、モウラの名札を見て『DONKEY』の店長であることや、彼の名前を知る、などなど。
はっきり言ってそうでしょうね、としか思わない。
ただしかし、それならばなぜ、という僕の疑問はより深まってゆく。――白杖まで持って、あたかも視覚障がい者のふりをしていたソンジュさんに対し、ではなぜそんなことを、なんのために、と疑問に思った僕は、なんて悪趣味な、とまで思う。
本物の障がい者の方を、馬鹿にしてはいないだろうか。
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