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ぼくはぼくの目をふさぎたい※モブユン
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しおりを挟む「ユンファさん、好きだ」――本当に、カナイさんはまるで僕を愛してくださっているようで、僕は、
僕は――その人に、神様のようなその人に、僕は一夜の恋をしてしまった。
僕はあの夜――たった一夜限りの、甘くて幸せな夢を見ていたのだ。
彼にとって僕は、ただのキャストだ。
僕にとっても彼は、ただのお客様だ。
わかっているつもりだった。
カナイさんははじめから、“恋人プレイ”を注文した上で、僕を指名したのだ。――つまり僕を優しく抱いてくれたのは、自分がしたいプレイであったから…そうわかってはいたが、あんまりにも、忘れられない夜だった。
そもそも、それこそ僕が素直にその人に恋心を抱けたのは、僕が『DONKEY』のキャストで、彼がその店のお客様であったからこそだ。――そこには騙すも何もなかった。…ただ“恋人プレイ”という、それだけのことであったから。
それに、一夜だけのことだから、という気持ちもあった。
あとはもう一つ、僕が彼に恋心を抱けた理由――それは、僕が大好きな小説…『夢見の恋人』の、アルファの男の子、“カナエ”というキャラクター……たまたまだろう、それこそカナイさんは名前が似ているからだろうか、彼、はじめ自分のことはカナエと呼んで、と言ったのだ。
しかも、彼のその青い目、金髪――それはなんと、あのカナエと同じ特徴であった。…ましてやカナイさんの顔が仮面で見えないこともあって、…すると、僕は目の前にいるのがまるであの大好きなカナエだと思えてきてしまった。…それで正直、僕は素直にドキドキしてしまったのだ。
でも、一夜だけのことだから、とは言いつつ――それでも僕はあのとき、醜く貪欲な思いを抱いた。
もし叶うのなら――この夜が、カナイさんの一生の記憶に、残りますように。
彼が指名してくださらなかったら僕は、もうカナイさんには会えない。連絡先も知らない。聞かれもしなかった。僕は彼のその確かな容姿も、本当の名前も、何も知らない。お客様とキャスト。金銭を払った人と、金銭をもらって働く人。需要と供給。友達関係ですらない。…僕らはそういう関係性である。
そうわかっていて――僕は、それでもカナイさんに僕を忘れてほしくなくて、他のキャストよりも彼の印象に残っていたくて、…でも、どうしたらそうなれるかは結局わからなくて、…これだけ素敵な人なら恋人はいるだろうに、怒られるだろうに、と、思いながらも…――僕はこっそり、眠っているカナイさんの首筋に一つだけ、キスマークを残した。
そんなの、一生残るものなんかじゃない。…三日も経てばほとんど見えなくなる。――一週間も経てば、跡形もなくなって消える。…わかっていて、それでも…その三日だけでいいから、カナイさんに僕を思い出してほしかった。
キスマークをつけるなんて迷惑なキャストだ、客のプライベートを侵害して、ちょっと優しくしただけで調子に乗って、本気で惚れちまった馬鹿らしい…――それでもいい。…それでもいいから、…彼に、僕を少しの間だけでも忘れないでほしかった。
貴方が、好きなんです。
たとえこれが迷惑な想いでも、僕は貴方が好きでした。
ありがとう、僕なんかを…あんなに大切に抱いてくださって、本当にありがとうございました。――実は救われたんです。…貴方のやさしい唇に、貴方のやさしい声に、貴方のやさしい指に、…貴方に、僕は救われたんです。
馬鹿なんです。…また、なんてことない人の優しさにほだされて、僕って本当に馬鹿なんです。――でも、忘れないでください。…僕が愚かに貴方に惚れてしまうほど、貴方は神様のように僕に優しくして、僕のことを、僕の人生を、少しだけ救ってくれたことを。
僕は貴方の、本当の恋人になりたいなんて、おこがましいことを思っているんじゃないんです。…朝が来たら、貴方との縁はきっと切れる。そんな気がするんです。…でも、僕はそれでいいんです。
僕はたった一夜の夢でも、幸せな恋をすることができました。…好きな人に、抱いてもらえました。――僕は素敵でやさしい貴方に惚れた、その他大勢のうちの一人だけど、…どうか…それだけ貴方が魅力的だということを、どうか誇りに思ってくだされば。
それでいいんです。
そう、この三日ばかりのキスマークで伝わればよかった。――結局、カナイさんにとって忘れられない一人になるなんて、僕なんかには到底無理だから。
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