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「やっと見つけた」
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しおりを挟む「……あ…、そういえば…」
あっと思い出した僕は、正直本当のことなのかどうかを確かめる気持ちなかばで、ソンジュさんへと振り返った。
「…アルファ属の方は、狼になれるそうですよね…――ということは、ソンジュさんも…?」
僕がそう聞くと、ソンジュさんはふふ、と苦笑いをして、目線を伏せる。
「…なれると言いますか…厳密にいえば、月に一度、勝手になってしまうと言いますか…」
「あ、あぁ、そうでしたね…、すみません…、…」
そうだった、と僕は、また顔を伏せる。
そう。アルファ属には、もう一つ個性的な特徴がある。
彼らはもちろん人間だが――なんとアルファ属は、定期的に“狼になる期間”があるそうなのだ。
つまり彼らは月に一度、一週間ほど強制的に“狼化”してしまうそうで――ちなみにその状態には、三パターンある。
“狼型”と呼ばれる――四つ足の狼そのものの姿。
“人狼型”と呼ばれる――何というか…全身が毛皮に覆われた人、二本の足で立ち歩きながら、狼の顔になりながらも人の面影を残している姿。
そして、“自由混合型”――“狼型”、“人狼型”のどちらにもなれる…というか、先月は“狼型”であっても、今月は“人狼型”になってしまった、というような、そういう前後者二パターンどちらかに限られない体質の人もいるらしいのだ。
また、もちろんアルファ属であれば男女関係なく訪れるその、月に一度の狼化――その期間前には、さながらベータ女性の月経前のような症状が出る人もいるそうで。
つまり、狼化期間前には、月経前症候群的に――気分の落ち込みやイライラ、不眠や過食(あるいは食欲不振)、眠気、集中力の低下…などといった、不快な症状が伴ってしまうそうなのだ。
そして、その症状のことを月経前症候群ならず――“狼化前症候群”という(ちなみにその症状を軽減するためのピル的な薬はあるらしい)。
(しかもアルファ女性は、月に一度狼化するうえ、ベータ女性より短く軽いにしろ月経まであるそうだ。思うに女性はみんな大変である。)
ただ正直僕は、その“狼化”したアルファ属を見たことはない――というか僕のみならず、ほとんどの人が彼らのその姿を見たことはないだろう――が、一応学校の保健体育では、こういった内容を全国民が習うものなのだ(そう会う機会もなく、一生のうちにアルファ属に会わないまま死んでゆくベータやオメガも多いのだが、一応)。
アルファ属の狼の姿はほとんどの人が見たことはない、それがなぜかなのか、といえば…――。
その狼化している期間のアルファ属は、国の法律で“(有事のときを除き)外出することを禁止”されているからだ。――つまり僕ら一般庶民は、いくらテレビに映るアルファ属の人々くらいは見られていたとしても、その“狼化期間”に外出できない彼らアルファ属の、その人間の姿しか見たことがないのである。
もちろんその法律にも、ちゃんとした理由はある。
というのは、狼化期間中のアルファ属は通常時――人間の姿形――のときよりもかなり本能的かつ乱暴な精神状態になっているそうで、理性よりも衝動で動きやすいことに付け加え、狼の姿となればすなわち鋭い肉食獣の牙や鋭い爪、強い力、と…そうした肉体的な面も含めて“他者に危害を及ぼしかねない状態”になっている。
そうした理由から、狼化しているアルファ属は、その期間中の外出を国の法律で禁止されているのだ。
ただ、その法律も最近、また国会で議論し直されてはいるのだが。……それがなぜかといえば、アルファ属はアルファとして生まれただけで優れた能力が付いてくる、大変恵まれている優秀な人々であるためだ――肉体的にも屈強、IQも高く、おまけに美形ばかり――。
つまり、そうした優秀な人々は自然、世界中の主要人物になりやすいことから、その月に一度によって、各界隈の重要人物の行動を制限してしまうことはデメリットが多く、それはもはや、ヤマトだけの問題でもなくなってきている。
すなわち外出禁止なら仕事にも行けない、重要な会議にもリモートでしか出られない、その場にいてほしい人物が、“狼化休暇中”――それは困るよね、アルファ属が仕切っている場面も多いのに、そのリーダーがいないんじゃ話にならないよね、という意見が、近頃はちらほらと上がりはじめているのだ。
ましてや、実際アルファ属は狼化すると、たしかに普段よりは本能に勝てなくなっている側面や、比較的ピリピリしている部分は事実あるものの――だからといって知能や、理性を失っているわけではないそうなので、それによるロスタイムをかんがみると、少なくとも一週間きっちりの制限は過剰な束縛なのではないか、というのだ。
しかし、そうは言うが――そう真面目に議論しているベータの人々は正直、僕らオメガのことを視野に入れて論じているとはとても思えない。
――いや、それで。
アルファに対してどう思うか…だったか。
いや、やっぱり、…どう、と言われても…だ――結局のところ、僕の口からはこうとしか言えない。
「…とにかく…凄い能力を持ってらっしゃるんじゃないですか。あと…変わっていますよね、狼になれるなんて…」
「…そうですか?」
「ええ。…」
「…………」
「…………」
ソンジュさんは僕の、継がれる言葉を待っているようだが。――申し訳ないが…これ以上の何かは正直、僕の口からは出てこない。
「…それだけ、ですか?」
「……、ええ、申し訳ないんですが……」
善悪がもし種族で決まるというのなら、話は別だ。
でも、もちろんそうではない。――結局のところ、アルファ属だからこうだろう、こうなんだろう、なんて主観がそうない僕には、こうした曖昧な返答しかできないのだ。
ましてや僕は、この目の前に居るソンジュさんのほかにアルファと出会ったこともない。――オメガ属もそうだが、アルファ属にしてもかなりマイノリティな存在であって、僕が初めて出会ったアルファがこのソンジュさんなのである。
「…そもそも、僕が知っているアルファ属の方の情報なんて、教科書に載っている程度のものですから。…申し訳ないんだが…――判断基準もほとんどありませんし」
そうして曖昧な返答をした僕では、もしかしたらソンジュさんのその美しい眉もしかめられたか――なんてなかば怯えて見た彼のその、やや眉尻の釣り上がった眉は、ひくりとも動かなかった。たわんでも寄ってもいない。…ただ真摯な眼差しで、その薄水色の瞳をじっと僕に据えているだけだ。
「……あの…正直、何を確かめられているのかわからないんですが」
「……、何を、ですか。」
今も動いているのは、もうすっかりタバコを吸い終えた、そのみずみずしい艶のある唇ばかりである。――僕はもう、なかば諦めている。…どうせソンジュさんの気に入る返答なんか、僕にはできない。
であるからむしろ堂々として、僕はソンジュさんの、その淡い水色の瞳を見据えた。
「…ええ。申し訳ないんですが、僕はそもそもこう考えている人なんです。…ベータ属であろうと、アルファ属であろうと…オメガ属であろうと――人は、人だと。…」
「…、…へえ…、そう、ですか…」
するとなぜか、ソンジュさんの眉が嬉しそうに上がる。
嬉しそうな微笑みを、その艶のある朱色の唇に見る。
それがなぜなんだかは知らないが、とにかく。
「…失礼かとは思いますが、正直そうとしか思っていません。…属性で語れることなんか、僕なんかには、とてもありませんから。――聞かれても、きちんとした深い回答を僕が言えることはないかと」
「…そうですか? はは、それはそれは。」
「……、…」
なぜか愉快そうに笑われた。面白がっている。
稚拙な返答だったのだろう。――いや、我ながらそうだったことは自覚しているのだが、…どちらかというと面白味のない、つまらない回答だったような気がするのだが。
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