ぼくはきみの目をふさぎたい

🫎藤月 こじか 春雷🦌

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神の目は見ている※モブユン

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 泣いてしまった僕の気持ちが落ち着くまで、ソンジュさんは僕の頭を撫で続けてくださり――そして、優しく抱き締め続けてくださった。
 それどころか、自分の懐からやわらかいハンカチ――これも凄く良い匂いがする――を取り出して、そっと僕の涙まで拭いてくださったのだ。
 
 ――なんて優しい人なんだろう。
 
 
「………、…」
 
 でも…と僕は、彼の腕の中でうつむいた。
 手渡されたその茶色いおしゃれなハンカチ――よく見たら、僕でも見たことのある高級なブランドのマークが刺繍されている――を太ももの上に置いて、それをやんわりと持ったまま、僕は水っぽくなった鼻をすすった。
 
 僕なんかに――性奴隷の僕なんかに、無条件で優しくしてくれる人なんか、この世の中にはいない。
 僕はもうそのことを、痛いほどよくわかっている。
 
 こんなに優しくしてくださるソンジュさんが求めているものは――僕の、過去の話だ。
 彼のこの優しさは、それが聞きたいためなのか、はたまた僕を、本当に家へと連れ帰ってを目論んでいるのかはわからないが、――少なくとも、ソンジュさんにはがある。…だからこそ、僕にこう優しくしてくださるのだと、僕はよくわかっている。

「…すみません、ありがとうございます…――そろそろ、話…、続けますね……」
 
「………、わかりました。お願いします」
 
 ソンジュさんは僕がそう言うと、反応にやや間を開けつつも、また僕の隣の椅子へと腰かけた。――彼の、いささかの感情の揺れを感じた。…いや、メソメソ泣いていた男を慰めていたら、突然その男が話を続けようというのだから、それは当然のことだろうが。
 
「…そう…今はもう慣れましたけど、自分でこうなったくせに、自業自得のくせに…馬鹿だから、はじめは結構つらかったんです…――そんなとき、モウラと出会いました。モウラはじめ、このカフェのお客様として現れて……」
 
 はじめモウラは、ケグリ氏の息子であることを隠して僕に近づいてきた。――『こんにちは』…はじめはそう、何気なく僕に笑顔を向けて話しかけてきたのだ。
 
 そして、モウラは…――。
 
「…大丈夫って…、そんな格好させられてるけど、って――性奴隷の僕を、心配しているように声をかけてきて…」
 
 首には赤い革の首輪、胸元は透けて、乳首が見えていた。…ただこのときには、ニップルピアスはなかった。――とはいっても、首輪をして、わざとらしくシャツに乳首を透けさせている僕は、誰がどう見ても性奴隷そのものであった。
 そんな僕が性奴隷であることを、あたかもモウラは心配したようなことを言って――『顔も真っ青だし…、てか、よく見たら結構綺麗な顔してるね、お兄さん』
 
「…そうやって僕を心配したあと、モウラは…よく見たら、僕が綺麗な顔しているって…正直、そのときの僕にとってそれは甘い、言葉で……」
 
「…………」
 
「…ズテジ氏にはブスだなんだって言われ続けて、よく生きていられるなとか…僕を犯す人たちはみんな、僕の図体がデカいとか、…酷い人は、僕の頭に袋をかぶせて犯す人もいたし、――だから、そのときにモウラに言われた、何気ない容姿への褒め言葉は、…僕にとっては、本当に…嬉しいもので……」
 
 泣きそうになるくらい、嬉しかった。
 別に自分のことを綺麗だなどと、思い上がっているわけじゃない。――自惚れているつもりはないが、…それでも、嬉しかったのだ。
 
「…それで…モウラは店に来るたび、いつも僕のことを綺麗だとか、可愛いとか、…そうやって、扱って……」
 
 そうしてモウラに優しく、甘く扱われているうちに、僕はいつしか…――モウラが店に来てくれることを、心待ちにするようになっていった。
 普段はそれと真逆な扱いを、僕は毎日毎日、誰しもにされていた。――ただモウラだけが、僕のことを尊重し、好意的に、優しく接してくれる人であった。
 モウラはあたかも、ケグリ氏と関係ない人の素振りで僕に近付き、あたかも僕に惚れたような顔をして――僕をデートにまで誘った。
 
「…モウラが来てくれると、彼と話していると、そのときだけは心が安らいで……そ、それに、僕、生まれて初めて、デートにも誘われたんです…――馬鹿ですよ、本当…そんなのに、浮かれて……」
 
 ただ、僕ははじめこそ断っていたが、ケグリ氏が「たまにはいいぞ」なんて…今思えば、その時点で何か確実におかしかった。
 でも、マスターでありご主人様であるケグリ氏が、僕とモウラのデートの許可を下ろしたとき、僕は――。
 
「…僕、…ほんと、馬鹿で…、ケグリ氏がデートすることを許したとき、――正直、…嬉しくて……」
 
 そうして浮かれて行った初めてのデートのとき、どうせもう汚れた体だったくせに、毎日毎日、さんざん犯されてるくせに、――モウラにホテルへ誘われた僕は、『まだ、できないよ。貴方とは、まだ恋人じゃないから…』と。
 馬鹿みたいだ。――そんな馬鹿な乙女めいたことを、モウラに、本気で言ってしまったのだ。
 
「…馬鹿で、本当に、…っ本当に、僕は、…っどうしようもない大馬鹿者で……」
 
 モウラはそんな僕に『わかった。そりゃそうだよね』と引いた。――そうして、その日は本当に、何もなかった。
 
「…大事にしてもらえているって、…っ勘違いしてしまって、……」
 
 何もなかったからこそ、僕はモウラに自分を大切にしてもらえたように感じて、嬉しかったのだ。――僕のことを性奴隷だとわかっていても、セックスを強要してこなかったモウラは、…モウラだけは僕のことを、性奴隷だとは思っていないんだ、と。
 ツキシタ・ヤガキ・ユンファという一人の人として、尊重してくれているんだと――僕は勘違いしてしまったのだ。
 
「それで、…僕、三度目のデートのとき、僕は、モウラに交際を申し込まれたんです、…それに頷いてしまったんです、ほんと、…本当に、僕は救いようのない馬鹿だから、…」
 
 恋人ができたんだ…こんな僕にも、優しくて素敵な恋人ができたんだ…――そう思って浮ついたまま、僕は、
 
「…馬鹿じゃない。」
 
「……、…」
 
 太ももにある、僕の手首をそっと掴み――ソンジュさんは、少し怒っているような低い声で、そう言った。
 
「…貴方は、馬鹿じゃない。――なぜそう、…ユンファさんは、何も悪くないじゃないですか。…」
 
「……それは、…どうでしょうね…」
 
 
 どうだろう…――僕がもっと世の中のことを知っていれば。…世間知らずの、甘ったれたお坊ちゃんであった僕は、自分の価値を見誤っていた。
 僕が、自分の価値を、もっとよくわかっていれば。
 
 自分は世の中で、自分が思っているよりもずっと価値がなくて、世の中の人にとっての僕の価値なんか、このオメガ属の体だけで、――そしてその価値は、しばしば人に利用されてしまうものなのだと、あのときにわかっていれば。
 
 
 僕が、もっと賢い人間だったら…――きっと僕は、モウラに騙されることはなかった。
 

 

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