ぼくはきみの目をふさぎたい

🫎藤月 こじか 春雷🦌

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月下美人はおかしな夢を見る

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「……、…――。」
 
 僕は目をみはった。
 なぜ僕の手を触っていただけで、そんなことがわかったのだろうか。…いや、オメガ男性というのはまだわかる、なぜなら彼は僕の手のひらの匂いを嗅ぎ、そして舐めていたからだ。――実は僕らオメガには、オメガ独特の体臭と、そして肌の味があるのだ。
 
 簡単に言えば、僕の体臭は桃の香りがする。
 そして僕の肌は、もちろん手のひらも、オメガである僕の全身の肌は――ほんのりと甘いのだ。…なぜなら、僕らオメガの汗を始めとした体液はすべて、甘いからである。
 
 これはオメガであればみなそのようだが、とはいっても、各々体臭や味には個性がある。――たとえば花のような体臭の人もいれば、僕のようにフルーツのような体臭の人もいる。…そして体液の味にしても、甘酸っぱい人もいれば、僕のように、まるで桃の果汁のような奥のほうに渋みのある甘い味がする人もいる。
 
 しかし僕は、オメガ男性だと見抜かれたことに関して、それでも少し当惑している。…もちろんそうした理屈は理解しているが――しかし、
 
「……失礼。セクハラでしたか」
 
「……ぃ、いえ…、…」
 
 ただ者ではない返答に圧倒され、ゴクリと喉を鳴らしてしまった僕は――この人が今こともなげに、無感情に近しい冷静な声で告げたそのことがばかりに、それ以上は何も言えなかった。
 そうなんです、実はそうなんですよ、などと、どうしてまるで手相を占ってもらった人のように、楽しく答えられるだろうか。――いや、これならよほど手相鑑定をされたようなものだとは思うが。
 なぜそんなことが、これだけのことでわかるのだろう。
 
「…凄い、ですね……」
 
「それほどでもありません」
 
「…………」
 
 呆然としている僕は、――目が見えている人にさえ、そうそうオメガ男性であると言い当てられたことがなかった。…いや逆に、この男性の、言い当てることができたのかもしれない。
 
 というのも、もちろん僕は間違いなくオメガ男性だ。
 ただ、ほとんどのオメガ男性は普遍的に、中性的な容姿をしているのだ。
 つまり手一つ取っても、小さく華奢で、まるで少年や少女、せいぜいが女性のような柔らかく細い手をしている人が多い。――いわゆる白魚のような手、というのが普遍的な、オメガの手である。
 
 しかし一方の僕の手は大きく、筋張っていて骨っぽい。
 僕はどうもをしているのである。
 
 そして、僕の容姿にしてもそうだった。
 オメガ男性は中性的で、小柄な体を持っている人が多く、またその顔にしても童顔ばかりで、イメージとしては丸目に丸顔、額が狭く豊かな頬をしているような、まさしくな容貌をしている人がほとんどである。
 それが、――もちろん、目の前の彼に僕の容姿が見えているはずもないのだが――、たしかにオメガらしく色白ではあるのだが(むしろ青ざめているくらいだ)、僕の身長は178センチとオメガ男性にしては長駆で骨格も骨太、この薄紫色の目は鋭い切れ長のまぶた、しかもツリ目がち、眉もしっかりとしてやや濃いめ、それと、この少し面長気味の輪郭は我ながら頬が痩せていてすっきりとしており、ぽてっとした厚い唇の下にある僕の顎にしろ、な太い丸みを帯びている。
 
 ましてや声にしてもそうだ。
 オメガ男性の声は、声変わりしない人すらいるほどだというのに、たしかに僕の声は、男性にしてはやや軽めのほうかもしれないにしろ、それでも男性とわかるほど低く声変わりしているこの声が、まさか少年や女性に間違われたことなど一度だってなかった。
 
 むしろそうした僕は、しばしばアルファ男性に間違われることがあるくらいの人だった。――であればこそ、いくら僕の手から香ったのだろう桃の匂いや、甘い味でそう断定したのだろうとは予測が付いていても、…そもそもオメガ男性であると言い当てられた経験がない僕は、正直かなり反応に困っている。…せいぜいが本当に、凄いですね、としか言えなかったのだ。
 
 いやしかし、考えればまだ僕がオメガ男性だと、彼がわかったのには理屈がある、ただ…――なぜわかったのか、いっそ不気味にさえ思えてきている僕は、「なぜ…」と吐息のような声でつぶやき、いや、再度確かな声で。
 
「…な、なぜわかったんですか、…僕の手を、触っただけで…」
 
 というか、嗅がれて舐められもしたが。
 
「…なぜ…と言われると、そうですね。」
 
 うろたえている僕に対して、目の前の男性は少しも感情を見せず、その血色の良い唇を小さく動かして、淡々と答える。
 
「…オメガ男性ということに関しましては、独特な桃の香り、その甘味のある汗の味…」
 
「……あぁ…」
 
 やっぱり、と僕が思ったのもつかの間、この男性はやはり感情の起伏がない声ですらすらとこう。
 
「それと――まず、オメガ男性的な皮膚の薄さ、です。…ユンファさんの手は、何かオメガ男性にしては大きいですし、至って男らしい手をされているとは思いますが…」
 
「……、…」
 
 え、と僕はまた目を瞠る。
 
「…それでもやはり皮膚が柔らかく薄いですし、手のひらや手の甲の血管はしっかりとして太いですが、やはりオメガ特有の柔らかい弾力がありましたから…――毎月ユンファさんは、きちんと“オメガ排卵期”によって、血管などの細胞が活性化されているのでしょう。」
 
「………、…」
 
 確かに、ちゃんと僕は毎月その“オメガ排卵期”が来ている。――ちなみにその“オメガ排卵期”というのは簡単に言うと、いわゆる僕らオメガが子供を妊娠するための期間だ。…以前は発情期と呼ばれていたが、近年になってその形容は差別的であるからと、他種族の女性(ベータ女性、アルファ女性)の排卵期と区別するために今は、“オメガ排卵期”と呼ばれている。
 
 つまり、それこそセクハラ発言というか――あわやデリカシーのない発言とも取れるのだが、やはりそのつもりもなさそうな僕の目の前に座るこの男性。…淡々と、僕のことを暴いてゆく。
 
「…ただ、ほどの状態ではありませんでしたので――前回の排卵期からは、およそ二週間以上経っているのではないでしょうか。」
 
「…………」
 
 さすがにこれには、はいとは言えない僕だ。…正直言うと、ちょっと引いている。
 それでも救いといえばまあそのように、この人は恐ろしいほど無感情的に、あくまでも飄々としているため、下心としてそれを暴いているつもりがなさそうなところだ。
 
 それこそ先ほどのコーヒーの感想よろしく、聞かれたから答えただけ、に彼の中では、これもそう分類されている発言なのだろう。
 
 

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