ぼくはきみの目をふさぎたい

🫎藤月 こじか 春雷🦌

文字の大きさ
上 下
7 / 606
月下美人はおかしな夢を見る

6

しおりを挟む

 
 
 
 
 
 
「…………」
 
「…………」
 
 そのふくよかな、艶のある美しい唇をそっと閉ざして黙り込んでは、僕の右手に触れて何かを確かめる、この美麗な紳士の――この行為の目的とは、いかに。
 
 彼、今はその大きな左手で、僕の右手の手の甲をそっとすくうように添えて軽く上げ、右手ではまた四本の指先で、今度は僕の手首の付け根から指先へと向かうように、つうぅ…と四本の指先を滑らせている。
 
 この男性の手は、もしかすると僕の手よりもやや大きいかもしれない。――男性的な太さの指は長く、その広い手のひらよりも、指のほうが長いように見える。
 BGMもない店内はやはりシーンと森閑として、僕たちの間に会話もなく、ほかのお客様も居ないために、妙な静けさが僕たちの間に漂っている。――というのも、このカフェの店内に開店時間までは流れていたジャスミュージックは、この男性の要望によって止められたのである。
 
 また僕の背後、通路を挟んだ先にあるカウンターの中に居るはずのケグリ氏も、言葉を発しないどころか物音一つ立てない。――ただ彼は、僕たちのことを固唾を呑んで見守っているような、そんな気配はする。
 
「…………」
 
「…………」
 
 まあ、少なくとも――僕はさして嫌な気分になっているということもない。…疑問には疑問だが、…普段この店に訪れるお客様にされることよりは、よっぽど優しい。言ってしまえば、ただ手を丁寧に触られているだけなのだ。
 
 何か熱心に僕の手を触っているこの男性の手は、指先まであたたかい。――僕の手が、先ほど念入りに手を洗ったために冷えているからか、緊張で冷えたからか、彼の手の指のぬくもりが、その指先が触れてくる箇所にじんわりと染み渡るよう、あたたかく伝わってくる。
 
 自分の手が緊張に汗ばんで震えているのは我ながら気に掛かるが、一方の彼はそのことを気に留めた様子もなく、今度は僕の手を、その大きな象牙色の両手のひらで包み込んできた。
 
「…………」
 
「……、…」
 
 とても…あたたかい。――ふんわりと僕の右手を包み込んでくるこの人の両手は、とても優しい。
 とはいっても正直…初めて会ったこの紳士と向かい合って座り、何も言葉を交わさないでただ片手を包み込まれている、触れられているというこの状況は、何か気まずいには気まずい。――ましてやだんだん、僕はこの行為の意図を知らないばかりに、疑問ばかりが浮かんでむしろ、“どういう目的なんですか”と聞きたくて仕方がなくなってきた。
 
「…………」
 
「…………」
 
 しかし、ここで僕が、彼に話しかけるのは迷惑だと思われるに違いない。――彼はなぜか、この行為にとても熱心なようなのだ。
 
 ところで…――セクハラめいたこと、とは。
 
 ただ僕の手を、擽ったいほど優しく触ってくるだけじゃないか。…こうして優しく、まるで懺悔者の罪を許す神父様のように、僕の右手を包み込んでくるだけじゃないか。
 
 もし人の手に触れるというだけでもセクハラとされるなら、人と握手を交わすことさえセクハラとなってしまうだろう。――いや、もしか女性相手ならばあるいはたしかに、こうして自分の手を、男性に念入りに触れられるというのは、セクハラだ、と言う人がいるかもわからない。
 ただとはいっても、僕は彼とは同性――男性同士であるため、この程度のことでは大してセクハラだ、などとは思わない。
 
「…………」
 
「…………」
 
 むしろ、仮にもこの行為がセクハラだとしても、これはセクハラだ、と声を大にして意思表示をするような気力は、今の僕にはないのだ――。
 
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

カテーテルの使い方

真城詩
BL
短編読みきりです。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

処理中です...