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136 つがえば嵌まる罠と知り
しおりを挟む――翌朝。
「…………」
俺はまるで捕らえられた罪人の如く、両脇にジャスルの護衛二人に挟まれて、ユンファ様のお部屋へと歩かされた。
下げた俺の片手には小さな麻袋、その中には土産が一つと、ユンファ様からの首巻き、それだけだ。――もう一つの土産は、念のため懐に隠して持っている。
そして俺が、ユンファ様の部屋の扉を三度拳の骨で叩くなり、両脇の男たちが勝手に――その部屋の扉を開け、俺の背をぐいっと押して、俺をその部屋へ押し込んだ。
バタン、……ガチャガチャ、――ガチャン。
俺がこの部屋に入るなり、即座に扉を閉められ、外から鍵をかけられた。
「…………」
「………、…」
部屋の奥――化粧台の前に、しゃんと背を伸ばして座っているユンファ様の後ろ姿が見えた。…それの鏡に映る自分を見ていたらしいユンファ様は、はっと俺の方へ振り返る。
そして俺の顔を見るなり、ぱあっと明るい顔をしたユンファ様は、さっと椅子から立ち上がり、もうしゃなりしゃなりと来るでもなく、ぱたぱたと小走りに俺のほうへ駆けてくる。
「……ソンジュ、…」
「…………」
あまつさえ、あまりにもわかりやすいことだ。
ユンファ様が、ジャスル様と交わした“婚礼の儀”――。
あの日と、ほとんど同じ衣装ではないか。
…紅色の細帯に、白い着物、赤い半衿――肩口まで開いた衿元、口布はなく、…先ほど化粧台の前に座っているときに見えていたユンファ様の背中、下ろされていたそのたおやかな黒髪、ユンファ様のうなじ辺りでまとめられたその長い髪は、真っ赤な曼珠沙華の花飾りによって、そうなっていたのだ。
正直、妖艶だが――。
ぱたぱたと急ぎ足に俺のもとへ来たユンファ様は、俺の前に立つなり、ぱっとその顔をうす赤くした。
俺の目を、もはや遠慮も何もなくじっと見つめてくる、その淡い紫色の瞳――その切れ長の目が孕んだ恋の蜜は、今にもその下まぶたにほろり…こぼれ落ちそうだ。
「…はぁ…っよく無事で、…よかった、ソンジュ……」
「…ユンファ様……」
安堵と喜びにほころんだ、ユンファ様のその美しい顔――しかも彼、きっと湯上がりなのだろう。
ほんのりと濡れた白い頬――念入りに拭いたのだろうが、まだ少しユンファ様の黒髪が、濡れている。
付け加え、その切れ長のまぶたのキワ、そしてその形の良い妖艶な唇には、ほんのりと紅を差している。――あまりにも嬉しそうに、その美しい顔を綻ばせたユンファ様は、ぱっと俺の体に抱き着いてきた。
「…ソンジュ…、…ソンジュ、よく無事で戻って来てくれたね、本当に嬉しい……」
「………、…」
なんと愛おしい――しかし俺は複雑な思いに何も言えず、――彼を抱き締め返すが、ユンファ様の桃の香の耳の横で、目を伏せる。
「……ねえ、聞いたかい…? ソンジュ…僕たち、三日間だけ…その、……」
「……ええ、メオトとして在ってよいと……」
ユンファ様もまた、ジャスル様のあの言葉の旨を、聞かされていたのだろう。――いや、そうでなければこのような、婚礼の衣装を着せられた意味もなかろう。
「…しかしユンファ様…――これは、罠です」
ただ無垢に、この三日間を喜んでいるばかりのユンファ様――そんな彼に胸は痛むが、俺はこのことを伝えておかねばならぬ、と、力なく。
すると彼は、「え…?」と不思議そうに反問した。
「…ソンジュの褒美が…僕である、ということが…?」
「ええ…」
するりと離れたその人は、ぽうっとした顔で俺のことを見つめてくる。――切なげな、悲しげな、ぼんやりと潤んだその薄紫色を見て、俺ははっと気がついた。
「…ソンジュ…蝶の体は、褒美になりませんか…?」
「……そ、そうではなく、…ユンファ様、これは罠なのです。俺たちがメオトとしてつがうことにより、俺たちを陥れるための、何かしらの策略かと……」
「…わな…、…はぁ…罠…?」
「…………」
これは、…ユンファ様、おそらく媚薬を飲まされている。――ぽーっとした様子のユンファ様は、はぁ…とまた熱い吐息を薄く口からもらすと、顔を伏せ。
悲しげなものをその端正な眉に宿して、笑った。
「……そう…。罠……」
「…………」
「…ソンジュとメオトになれると聞いて…、僕はつい、喜んでしまったけれど……しかし思えば、それはそうか……」
そう眉を寄せたユンファ様は、そっとその妖艶な紅の差すまぶたを、閉ざした。
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