胡蝶の夢に耽溺す【完結】

🫎藤月 こじか 春雷🦌

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97 蝶となる夢

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 その安らかな顔を清め――長く絹のような黒髪を丁寧に清めて、次に俺が、その白く長い首筋を、手に持つ濡れた手拭いで拭っていると――ユンファ様はゆっくり…その切れ長のまぶたを、黒々としたまつ毛と共に、持ち上げた。

「……、ユンファ様……」
 
「……ソンジュ…」

 すると…自らの首にある、手拭いを持つ俺の手を、震えているユンファ様の手が、ふんわりと掴む。
 あまりにも弱々しいその人に、俺はじっと、その人をただ凝視した。――赤い唇が、震えながら小さく動く。
 
「…今…夢を、見ていた……」
 
「……夢を…?」
 
 虚ろな表情を浅く頷かせたユンファ様は、悲しげに少しばかり眉を顰める。
 
「…美しい女人と、ソンジュが…接吻をしていた…――貴方の奥方は、大層美しい人だそうだね……」
 
「…………」
 
 ユンファ様は、あれほどぼんやりとしていたが――“「…まああれだけの器量の嫁がいる堅物が、そうならんほうがおかしいわなぁ、ソンジュよ。――この淫売の体と、あの女の清らかな体…今もお前に操を立てておる妻を思えば、これに嫌悪して当然じゃ。」”――やはりある程度、俺とジャスル様との会話が聞こえていたか。
 つ…とおもむろに、天井を見上げたその淡い紫色の瞳は、遠くを眺めている。
 
「…僕は、高いところから…二人の接吻を見ていた……」
 
「…………」
 
 ユンファ様はす…と、天へ――そのか細く震える白い片腕を、手を、長い指を、指先を――上へと伸ばす。
 
「…僕は夢の中で、こう思っていたよ…――風が羨ましい…。風になれれば、好きなときにソンジュの頬を…髪を、優しく撫でられるから……」
 
「………、…」
 
 その手で、撫でればよい。
 なぜ羨ましがる。――俺は此処に居るというのに。
 ユンファ様は、ぼうっと…天へ伸ばしたその白い手の指先を、遠く眺めて。
 
「…雨が羨ましい…。降ればいつでも、ソンジュの頬に触れられるから……」
 
「…………」
 
 俺の胡蝶よ、なぜ羨ましがる。
 なぜ羨ましがる。――触れればよい。…今にも触れればよい。――なぜ雨なんかを、羨ましがるのだ。
 
「…雪が、羨ましい…。…貴方の肩に、少しだけでも留まることが、できるから……」
 
「……ユンファ様…、……」
 
 何とぞ、何とぞ俺の肩に、留まっておくれ。
 …俺はユンファ様の、天へ伸びたその白い腕、その肘に触れた。――するするとおもむろに上る俺の手は、その人の手首の骨を撫でる。
 するとユンファ様は、はたと俺を見た。――嬉しそうな薄紫色の瞳は、それでもやはり曇っているが、ほんのわずか彼の赤い唇の端は上がる。
 
「…でも、僕は蝶になりたい…――本物の蝶になりたい…。ソンジュのもとへ、飛んでゆきたい……」
 
「……おいで、てふてふ……」
 
 俺の呟きに、ユンファ様はふと目を細めて笑ったが。
 諦観の翳りは、その艷やかな瞳から拭われず。
 
「……ソンジュの肩に留まればきっと、貴方に…微笑みかけて、もらえるから……」
 
「…………」
 
 俺はユンファ様の、その美しい薄紫色の瞳を見つめながら――その人の手の甲に触れ、取り…ユンファ様の手のひらを、自分の片頬に添えた。
 俺に触れておくれ。――俺に微笑みかけておくれ。――ずっところころ、笑っておくれ。
 
 ユンファ様はぼんやりと虚ろに、俺へ微笑みかけた。
 
「…そう思ったら…本当に、蝶になれたんだ……」
 
「……、…、…」
 
 違う、違う…――そうして何もかもを諦めて、笑ってほしいわけじゃない。…俺は昨夜のように、ただ無垢に、ニコニコと笑ってほしいのだ。
 
「…僕は、ソンジュのもとへ飛んでいった……」
 
「……ユンファ様…、――ユンファ……」
 
 ユンファ様の目は――悲しげに潤んだ。――そして彼は、きゅっと辛そうに目を瞑った。
 
「…でも…貴方の肩に留まった僕を、美しい奥方が睨んだ…、ソンジュも嫌そうな顔をして、僕を手で払い除けた…――蝶の鱗粉がつくと、服が、体が汚れてしまったと……」
 
「…ユンファ、…俺は決してそのようなこと、…」
 
 
「ソンジュの奥方が、…羨ましい…、……羨ましい……」
 
 
 ユンファ様は目を瞑ったまま、悲しげに顔を歪めた。
 
 
 
 
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