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95 殺しておくれ
しおりを挟む俺はこの洋館のごてごてと飾られた廊下を歩き――ただ、ユンファ様のお部屋に向かっていた。
その部屋の浴室を使おうというのだ。――しかし部屋への道すがら、俺の腕の中で…ユンファ様は目を瞑り、気を失ってしまった。
「………、…」
まるで幼子のようだ。
安心しきり、あどけない顔をして眠っているその人は、まるで本当に人形のようだ。
しかし穢され、雄臭くなってしまった。…ユンファ様が失った純潔は、痛々しいものであり――俺の胸を刺してくるこの痛みは、その実針やら短剣というのじゃ収まりきらぬほどの、およそ刀をぐっさりと胸から背中までそれを、貫通させられたかのような痛みだ。
何もできなかった。
…俺を罪に問うてほしい。――どうかせめてもの慰めに、俺はこのユンファ様に罵られ、手ひどく責められたい。それすらも、俺の身勝手な慰めには違いないのだが。
「……ユンファ様…」
「………、…」
俺が歩きながらそっと名を呟くと、ユンファ様は、その切れ長の目を薄く開いた。――だが彼は俺のことを見るわけでもなく、ぼんやりと目の見えぬ人のように虚空を眺めて、…ぼそりとこう。
「……殺しておくれ、ソンジュ……」
「………、…」
殺せと、俺に求める。
…ユンファ様は、それこそその胸に――俺の腰にぶら下がった、役立たずの刀をぐっさりと突き刺し、自分を殺してくれと求めているのだ。
「…君の腕の中で死にたい…、だからどうか…僕を、殺しておくれ……」
「……、…っ、…」
俺はもはやなんの返事もできず、――熱く潤む目を、さっとただ前へ向けた。
その言葉には、今のユンファ様のお気持ちの全てが凝縮されていた。――俺は嗚咽を堪え、情けなく震えるこの唇を引き結んだ。
ただ、その人を抱きかかえ――俺は歩いた。
×××
俺はユンファ様の体を抱いたまま、洗い場の浅い浴槽の中に入り込み、そっとその場に座った。座った俺の腰まで満ち、俺の衣服はもちろん、肌まで濡らすぬるい温度のこの湯――この浴槽には、もうすでに透明な湯が張られていた。…いつものことである。
“婚礼の儀”を終えた側室の部屋の浴室、その浴槽には、いつもこうして湯が用意されている。…ジャスル様のお部屋の浴室で湯浴みをすればよいものを、と考える者もいるやもしれぬが、ジャスル様はいま――別の側室の媚態に労られ、その肥えた体を優しく洗われていることだろう。
全くいつものことだ。
新たな側室を迎え入れようとも、その側室にばかりうつつを抜かすようなことはしないよ、お前たちにも自分の気持ちはあるぞ、と示すため、“婚礼の儀”のあとは決まってジャスル様は、別の側室とイチャついておくのだ。
そして、もちろん今しがた儀を執り行ったばかりの側室は、その場に邪魔な存在となる。――狼の俺には、そういった機微こそ理解はできないが、女の気持ちはそれで離れぬもの、らしい。
いや、本当のところがどうなのかは、知る由もないが。
ちなみに…シャワー、なるものもあるが、基本的にはこの浅い場所で身を清め――それからシャワーで体を洗い流し、この浅い浴槽の隣にある、深い浴槽に浸かって身をあたためる。――そうした形式が、このノージェスでの入浴の流れなんだそうだ。
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