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94 涎を垂らした獣ども

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 ジャスル様が席を立つと、一気にこの宴会場の空気が変わった――。
 あわよくばユンファ様に触れようと、いや…――ユンファ様を犯そうとにじり寄る男どもは、まるで腹を空かせて涎を垂らしている獣だ。
 俺はすかさずその人へ歩み寄り、せめて、彼が身に纏っていた白い着物をその体へ掛けてやった。――そして上体を抱き起こせば、ユンファ様はやっと、俺を見た。
 
「……、…、…」

 涙に濡れたその薄紫色の瞳が、ぼやけながらもじっと俺を見上げている。――しかし俺には、その絶望した瞳を見続けられるほどの強い精神がなかった。
 つい目線を伏せて逸らし、俯くように――ユンファ様の硬い膝裏をさらって抱き上げ、すぐさま立ち上がる。
 
 すると…――。

「…なあソンジュよ……」

「……、…なんだ。」
 
 俺の側に寄ってきた下男の一人が、ニヤつきながら俺に声をかけてくる。――こう反問せずとも、こそ俺は、察しているが。

「その人を風呂に入れるのは、もうちっとあとじゃダメかい…」

「ほんのちょっと触れたいんだよ、いいだろう、なあ…」

「…何なら俺が風呂係を代わってやろう、どうだ…、面倒だろう? こんな淫売、この淫乱めと嫌がっていたじゃないか、お前。触れたくもないのが、正直なところなんじゃないのか…?」
 
「……っ」

 キッと俺がその男たちを睨むよう一瞥すれば、その男どもは一瞬怯んだが――結果あまり効力もなく――「独り占めか」「お前だけ御相伴に預かろうってんだろ」と俺は、ぶーぶー責め立てられる。

「…俺はお前らのように低俗ではない。狼であればこそ、主人の命を破るようなことは絶対にしないのだ。この痴れ者どもめ……」
 
 なんてな、と俺はその実、心の中で舌を出している。
 
「たとえ指一本でもこの人に触れてみろ、たちまちその指、切り落としてくれよう。」

 俺はそう低く言い切ってから、さっさと此処を去ろうと歩き出す。
 すると後ろから「狼でなく犬ではないか」「これだから堅物は、頭が固いなぁ」「お前の妻に言いつけてやろうか」などとざわざわ、俺への悔しげな揶揄が聞こえていたが――俺はもちろん無視をして、歩みを止めない。
 
 
 口先だけなら何とでも言える。
 
 
 どうせ俺に力で敵うものなど此処にはいない。




 
 
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