胡蝶の夢に耽溺す【完結】

🫎藤月 こじか 春雷🦌

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78 婚礼の儀

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 翌日――宴会場。
 この部屋は、俺にも馴染みの深い部屋の構造をしている。――床は若草色の畳、三十畳はあるこの宴会場は、かねてより“婚礼の儀”に使われてきた部屋だ。
 つまり何も、五蝶の国ご出身のユンファ様に合わせて、この畳の部屋となったわけではなく…――便から、だ。
 
 そして、一人一人前に膳を置かれ、各々出身地域の正装をし、あぐらをかいた多くの者が見守る中――この宴会場の、最前列。
 二段ほど上がった畳の上は、全体に濃い紅の布が張られ、中には綿が入っている――さながら布団のようだが、座布団の扱いだ――。
 
 そしてそこに座り…――向かい合うジャスル様と、ユンファ様。
 
 ジャスル様は、ご出身地域の装束――日焼けてでっぷりと肥えた半裸に、ジャラジャラとした宝石まみれの金の首飾りだけ、太い二の腕には金の腕輪を嵌め、そして下には、一応足首で絞られた濃紺の袴を穿いている。…しかしこの男、あぐらをかいた中心、膨らみきった逸物の山を隠しもしなければ、むしろその盛り上がりの頂点に、濃い染みまで作っている始末だ。
 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべているジャスル様は、向かい合って顔を伏せているユンファ様を、舐め回すように見ている。
 
 彼は、白い着物を着ている。
 しかしこの着物は、五蝶からユンファ様が持ち寄ったものではなく、ジャスル様がわざわざこの儀のために取り寄せて、用意したものだそうだ。
 正座しているユンファ様の、その白いお着物…――かろうじて肩を覆うばかりにはだけたそのえり元、白い鎖骨と、白い衿に挟まれて、半衿の赤が差す。…中に襦袢などは一切ない。
 なんなら彼は、下着も穿いていない――俺は、あの部屋で下女たちにそれを着せられているユンファ様を、ただ黙って眺めていたので知っているのだ――。
 
 細帯は紅色。白無垢ではなく、それ風の、白い男物の着物である。…そしてユンファ様の長い黒髪は、うなじで緩く、桜の髪飾りで一つに纏められ――いま彼は口布を着けていないが、頭からは白く透けた布をかぶり…正座しているその人の全身を包み隠して、その布は、床の濃い紅色にまで下りている。
 
「………、…」
 
 正直、いうが、…悔しいが…――美しい。
 ここまでの口上を終え――ジャスル様は俯くユンファ様へと、おもむろな言葉をかける。

「――さあユンファ…このさかずきを飲み干し、我が妻となれ……」
 
「…はい…、…」

 ジャスル様にそう言われ――ユンファ様は、白い布をくぐり抜けて差し出された平たく赤い盃を、両手で持ち上げた。…紅を引かれたまぶたを伏せ気味に…、同じ紅を差した美しい唇に、盃のフチを当てるとおもむろに、それ傾け。
 
「……、…、…」
 
 緩やかにその口の中へと入っていく透明な酒を、こく、こく――小さな喉仏を上下させることで、それを確かに嚥下していくユンファ様の顔は、目を瞑り、虚ろだ。

「……、…はぁ……」

 そして、盃の酒を全てを飲み干したユンファ様は、薄く目を開けながらため息をつき――床に盃を置いて、ジャスル様へと返すようにそれを押しやりながら…向かい合うジャスル様へ顔を向けるのではなく、その顔をそっと、物憂げに俯かせた。
 
「…よぉし、皆のもの! これでこの蝶族ユンファは、ワシのものとなった! 祝杯じゃあ!!」
 
 ジャスル様の音頭に、周りは拍手に、やいのやいの囃し立てる声にと騒ぎ出し、一気にこの宴会場が騒がしくなる。
 
「…………」
 
「…………」
 
 俺は、お二人のそば――壁際に立ち、この“婚礼の儀”を忌々しく思いつつも、眺めている。
 ユンファ様は、昨夜の俺との契りを想ってか――この騒がしい声のなか、チラリと白き布越し、俺へ泣きそうな薄紫色を向けてきた。…俺はあえてその視線を避けるよう、目線を伏せる。

 あの盃から酒を飲んだ今この瞬間、ユンファ様は、これで正式にジャスル様の側室となった。
 
 つまりユンファ様は、これでいよいよ本当に、ジャスル様のものとなったのだ――。
 
 俺は、複雑な胸の内にざわめく手首から下を震わせ、腰に下げている刀の鞘を掴み、それをぎりりと握り締めた。――奥歯を噛み締めると、自然目にも力がこもる。…あわやこの目で、ジャスル様を見ないようにしなければ。

 
「…ユンファよ、なんだその顔は…?」
 
「……、…」
 
 ワイワイと騒がしい宴会場の中――ジャスル様の不機嫌そうな低い声にはたと顔を上げて見れば、…ユンファ様が、ジャスル様に顎から両頬を掴まれ、ぐっと顔を無理に上げさせられていた。
 
「せっかくわざわざこのワシが見初めて、あの籠からワシが出してやったというのに…、ワシとメオトになったのが、そんなに悲しいか…?」
 
「……、…っ」

 ユンファ様は瞳を揺らし、険しいジャスル様の目を見ながらも、怯えた様子でふる、と軽く顔を横に振った。

「…ふん、まあよいわ。そのうちにそんな態度も取れなくなるぞ、楽しみしておれ…」

「……、…」
 
 手放されたユンファ様の小さな顔は、またうつむく。
 怯え、カタカタと震えている悲しそうな白い美しい横顔と、一方、尊厳を傷つけられた怒りと支配欲にまみれ、薄汚れている醜い横顔は向かい合い――その人らを眺める俺は、ただの護衛。
 
 
 何があっても止めるなというユンファ様…――俺は、を、辛くもこの間近な距離で、ただ見ていなければならぬ。



 
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