76 / 163
76 今宵の夢が白むまで
しおりを挟む俺たちは寝台に隣り合って座ったまま、ただなんとなし夜空に浮かぶ月…半分ほどの月を眺め――俺はユンファ様の腰を抱き、彼は俺にその身を寄り添わせ、そうして寄り添い合い――一夜を明かした。
その夜は語り明かした。
さまざまな話をした。――というより、ほとんどは俺がユンファ様に、さまざまな話を聞かせてやった。
たとえば、狼は満月となると、本当にこの身が毛皮に覆われて、人狼となる、ということや――「狼に? 凄いね、見てみたい」とユンファ様は興味を唆られたようである――、このノージェスはとても大きな国で、どの方角に行こうともこの国の領土だ、という話――「想像もできないな…」と、ユンファ様は唖然としていた――、それから、このノージェスの海の様子。
雪山に囲まれた狼の里で生まれ育った俺は、初めてその広大な水溜まりを見たのだ、というと――ユンファ様も同様、見たことはないためか――「大きな水溜まり? それがざあざあ自分で動くのかい? ふふふ、面白いな」と、いたく興味を引かれたようで、ニコニコと俺の話に聞き入っていた。
「…それに、何といいますか…妙な匂いがいたします。…いわく海には、たくさんの魚やらが住んでいるそうだが…――その匂い、何というか、魚とも違う…」
「…魚…? はは、僕はそもそも、魚の匂いも知らないからなぁ……」
「あぁ、そうか…、…」
いわく、お伽噺の中に出てくるために、その魚、という水の中に住まう生き物のことこそ、ユンファ様は知ってはいるそうだ。――しかしそもそも、蝶族は花の蜜やら果汁ばかりを食うわけで、そういった魚など捕る必要もなく、食ったこともないとか。…またもちろん、あの小屋に小さなころから閉じ込められていたんじゃ、川にいる魚そのものを見たこともないと。
「……生臭いといいますか…、魚はことに、そのような匂いがいたします。」
「…ふぅん、生臭い……」
ユンファ様はそれを反芻こそしても、やはりピンときている様子はない。――そりゃあ、そこかしこ花のような甘い匂いで満たされていたあの五蝶の国、あの土地にはそもそも、その生臭いという匂いがあるのかすらも怪しいか。
「…説明が難しいな…、とにかく、海は本当に独特な匂いがして、そこに吹く風は、どことなくじっとりとしております。雨の日のそれともまた違うような、本当に…海とはなかなか独特な場所ですよ」
「……へえ、そう。何だか嫌な場所だ」
笑いながらも眉を顰めるユンファ様に、俺は笑う。
「はは、しかし…そればかりではなく、景観はとても、美しいのでございます。――砂浜、という…とても粒子の細かい、象牙色の砂に、ざあ…ざあと被っては返ってゆくその水は、まるで青空のようにとても青く澄み渡って……」
俺がそうして説明を始めると、ユンファ様は想像をするよう――隣の俺に顔を向けたまま、そっと目を閉ざした。
「…夕方ともなれば、その透き通るたくさんの水が、橙色の日の光に輝き、うっすらと橙色に染まる…規則的な、ざあ、ざあ、ざあ、という音も大変心地良く…――その水の中へ沈み行く丸い夕陽は、まるで、海の中へとゆっくり潜り込んで眠りにつくよう……」
「……はぁ…、…」
淡いため息を吐くとユンファ様は、目を瞑ったまま、その赤く肉厚な唇の端をきゅっと上げた。
「…そうして夜が訪れた海は、今度は月明かりにほんのりと照らされ、夜空に浮かんだ月と星が、黒い水面に映り…ざあ、ざあと揺らぎ、チラチラと白く輝きまする……」
「…凄く、綺麗なんだろうね……、…」
「………、…」
目を瞑ったままうっとりとそう呟くユンファ様は、その実もう、見てみたいな、とは言わなかった。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説

BL短編まとめ(甘い話多め)
白井由貴
BL
BLの短編詰め合わせです。
主に10000文字前後のお話が多いです。
性的描写がないものもあればがっつりあるものもあります。
性的描写のある話につきましては、各話「あらすじ」をご覧ください。
(※性的描写のないものは各話上部に書いています)
もしかすると続きを書くお話もあるかもしれません。
その場合、あまりにも長くなってしまいそうな時は別作品として分離する可能性がありますので、その点ご留意いただければと思います。
【不定期更新】
※性的描写を含む話には「※」がついています。
※投稿日時が前後する場合もあります。
※一部の話のみムーンライトノベルズ様にも掲載しています。
■追記
R6.02.22 話が多くなってきたので、タイトル別にしました。タイトル横に「※」があるものは性的描写が含まれるお話です。(性的描写が含まれる話にもこれまで通り「※」がつきます)
誤字脱字がありましたらご報告頂けると助かります。





ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる