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75 永恋の誓い
しおりを挟むユンファ様は遠く――窓の外の月を、また見上げた。
…その白い横顔は、清らかな微笑みをたたえている。
「……本当なら僕は、ただそういう目に合うだけで、死ぬはずだったんだ……」
「…………」
俺は何も言えず、ただ悔しくてうなだれる。
…しかしユンファ様は、月光のように透き通った柔らかい声で、言葉を継ぐ。
「…しかし僕は、こうして今宵…ソンジュと、とても美しい夜を過ごせた…、夢みたいに幸せだ…。…今宵の夢は、確かに――死なないね。…僕の中で生き続ける…、だからもう、僕はいい……」
「……夢を、今宵の夢を、続けようという気は…」
「…いいや、それは欲張りだ。――きっと、神様がせめてこの一夜の幸せな夢を、僕に贈ってくれたんだ…、これ以上を求めたら、罰が当たるよ」
「……、…、…」
罰が当たればいい。
…五蝶の奴らに、その罰が当たればいい、――どうしてこれほどに神聖なほど殊勝な人を、神はこれ以上いじめようというのか。
「…叶うなら…来世では、メオトとなろう、ソンジュ」
「………、…」
俺は思わず顔を上げた。――すっと背をまっすぐに正し、凛々しい横顔で月を見上げているユンファ様のそのお顔には、覚悟が見えた。
「…きっと僕の、今世での役割は、此処にいること。…そして、五蝶の国のために、此処で死ぬことだ。――その役目を、五蝶の者として果たさなければ」
「…………」
それでもなお、こうして決意したユンファ様を無理に攫うことができるほど、俺はしたたかではない。――致し方なしと、俺は立ち上がる。
そして俺はもう億せず、寝台に座るユンファ様のお隣へと腰掛けた。――はた、と俺を見たその薄紫色は、まだうっすらと涙に濡れている。
「……ユンファ様…俺は今後、たとえ口にはできずとも、また、この世に形こそ無くとも――この心のうちでは、貴方様ただお一人を、いつまでもお慕いしております。」
「……、…」
少し目を瞠ったユンファ様は、どこかうっすらながらぽかんとして、俺の目をじっと見つめてくる。――俺は彼の片手を下からさらい、その人の薄桃色の爪に口付ける。
「……“永恋の誓い”――俺は我がつがいの、ユンファ様にこそその誓いをここで、立てまする。…」
「…………」
そして俺は、彼のその白い手を両手で挟み込み――ふ、と目を上げた。…くらくらと揺らぐ薄紫色の瞳は、月光に透けてよく映え、とても美しい。
「…俺の魂がつがい合うのは、これよりは貴方様だけ。俺は、何度も何度も必ずや貴方様を見つけ出し、何度も何度も貴方様に恋をして、何度生まれ変わろうとも必ず、俺はユンファ様と結ばれる。――この“永恋の誓い”、どうぞご承諾くださいませ。…我ら、永久なるつがいとなりましょう。」
「……はい、…ぉ、お受け、いたします……」
ぽうっとしたユンファ様の顔に、はらり…その紅潮した頬に掠め落ちてゆく透明な涙の、この美しさを――やさしい月明かりが、照らしている。
俺はユンファ様の片手を、我が左胸に押し当てた。
「…今宵の秋のあの月に――密かにこの永恋の契りを、二人ここで、交わしましょう。」
「……はい…」
嬉しそうにその美しい切れ長の目を細めて、コクリと頷いたユンファ様は――そっとまぶたを伏せた。…キラキラと露の宿る黒々としたまつ毛が、雨露に濡れた蝶の羽のように優美である。
俺はユンファ様の白くなめらかな額に、我が額をそっと押し当て――そっとまぶたを伏せた。
「――ユンファ様のお心は、たとえ何があろうと、我がものだ。…そして俺の心もまた、たとえ何があろうとも…貴方様だけのものでございます。」
「……うん…」
俺はその返事に、ゆっくりとまぶたを上げてゆく。
…それと同時に、ユンファ様もまた、その白いまぶたをゆっくりと上げてゆく。――そうして自然見つめ合う俺たちは、胸の前で手を握り合う。
寄り添いあう肉体よりも確かに寄り添う精神――そうして契られる、この永恋の誓い。
「…我の美しき胡蝶よ、我がつがいよ…――貴方を永久なる俺の伴侶とし…俺は、貴方の永久なる伴侶となります。」
「うん…、そのように……」
見つめ合い――微笑み合い――誓い合う。
月が見ている。
月だけが、この契りを見留めている。
愛しき胡蝶、俺の肩にひらりと留まった胡蝶よ。
俺の肩に留まったのは、気まぐれなのか、はたまた運命であったのか――偶然なのか、もしくは…必然であったのか。
「…たとえこの命尽き果てようとも、我らは永久なるつがい…――この永恋の誓い、我が魂に刻み込みまする。」
「うん。僕もそのように、ソンジュ…、…」
「……、…」
俺たちはお互いに惹き寄せ合うよう――お互いの唇を、そっと合わせた。
形違えど――何度でも俺は、貴方に恋をする。
…輪廻転生のその度に、貴方とつがおう。
必ずや、必ずやいつか――真のつがいと、なってみせよう。
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