胡蝶の夢に耽溺す【完結】

🫎藤月 こじか 春雷🦌

文字の大きさ
上 下
54 / 163

54 この溢れんばかりの幸福は

しおりを挟む

 
 
 
 
 
 
 
 
 
「嬉しい…よかった、此処へ来て……」
 
 ほのかな微笑みをたたえているユンファ様は、赤面したままに俯き、そう幸せそうにつぶやいた。
 
「……、ユンファ様……」
 
 伝わらなかったか…――いやしかし、それにしても。
 何が、よかったというのか。…何がよかったと――?
 故郷に喜ばれながら生け贄として差し出され、好きでもない男に純潔を無理やり奪われ、あまつさえその無理な暴行を受けている自分の肌を、秘所を、本来は配偶者にしか見せないはずのその姿を、その何もかもを他人の目に晒す羽目になり――それでいてその者たちは、ジャスルの暴行を止めにも入らず。
 悲しかったろうに、悔しかったろうに、虚しかったろうに…――ましてや、自分をそうして無理やり暴いた男が、明日の“婚礼の儀”をもってして、自分の配偶者となるのだ。
 
 しかしユンファ様はむしろ、本当に幸せそうである。
 …俺の目を見てはくださらないが、自分の平たい胸の中央に白い片手を添え、とても幸せそうに、うっとりと微笑んでいる。
 
「…本当によかった…――ソンジュ様と、今宵こうして二人きり、過ごせるなんて……」
 
「………、…」
 
 はぁ、と俺の口から、震えたあわいため息がもれた。
 思わずである。…もはや我知らぬところで、俺の胸の中が儚く震えている。
 
 俺のため息にふっと顔を上げたユンファ様は、そっと俺の頬を、掠めるように撫でてきた。…一度するりとそうして、愛おしそうにまぶたを細め、俺の目をただじっと見つめてくる。
 
「…これは…まるであの小屋の中で見ていた、僕の夢のようです…。その夢が、今宵叶いました…――死ぬまでに恋をすることが、叶いました……」
 
「………、…」
 
 なぜそう言いながら――悲しい諦観を眉に、その無垢な薄紫色に、宿している?
 
「…僕はほとんど、あの小屋の外に出たことがありません…。あまり人と、こうしてきちんとお話しをしたことも、そうありませんでしたが……」
 
 ほんのりと微笑み、俺の目を見つめてくるユンファ様のその目は今、とても柔らかく優しい。
 
「…お話しをするのは、こんなにも楽しいことだったんですね。…ソンジュ様となら、いくらでもお話しがしたいと思います。…殺されてもいいと思うくらい…貴方様にお話ししたいことが、言葉が…不思議とたくさん、頭に思い浮かぶのです」
 
「………、…」
 
 俺はもう先ほど、と諦めたのだ。
 もうこれ以上ごまかすことなどできない。…だから俺は、ユンファ殿…――否。…俺が、この心の底からお慕い申し上げている胡蝶のお方を――ユンファと、呼び慕ったつもりであったのである。
 しかし、俺のその素直に、まっすぐになったこの恋い慕う気持ちを、ユンファ様は知ってか知らずか――困り顔をして、それでいて、俺の目を愛おしそうに見つめてくる。
 
「…それに…ソンジュ様ほど僕に優しく、親切にしてくださる人もおりませんでした…――日に三度食事が運ばれてくるときも、それを運んでくれる人とは絶対に目を合わせぬように、と言い付けられておりましたし…口布も、人がいるときは絶対に外すなと」
 
「…………」
 
 つまりユンファ様は、あの口布で――その美しい顔を、むしろ害であるからと、隠せといわれていたのか。…そして人の目さえ見るな、と。――下手すればのみならず、ユンファ様は何度も何度も、「この穀潰し、役立たず、お前はどうしようもない淫乱だ」などと、“淫蕩の罪”を犯した淫猥な罪人として、家族にさえ罵られてきたか。
 
 それでユンファ様は――、と言うようになられてしまったのだろう。…本当に美しい人だが、美しいと言われるのはただ、自分のその“鱗粉”の力が強いからというだけに違いない。
 
 そう思い込まされた彼の、なんと悲しいことか――。
 
 そこでユンファ様は、はにかんだように目を細めて、ぱっとその白い頬を薄桃に染める。
 
「…だからか…ソンジュ様と目が合ったとき、思わずどきりといたしました。――ふふ…とてもお美しくて、なんて優しい目をしていらっしゃるんだろう、と…。目を背けねばと思いながら……見惚れる、というのでしょうか…。ソンジュ様の、その青い目を見ていると…不思議と、とくとくとこの胸が、高鳴ります……」
 
「……ふふ…」
 
 そう鷹揚おうように胸板の中央をそっと、片手で押さえてははにかんで笑うユンファ様は、…やはり可愛らしく、誰よりも楚々としていて、美しい。――あまりにもお可愛らしい、…俺は、笑みがこぼれるほどにそう思ってしまった。
 しかし、そういえば確かに…ユンファ様はあのとき、その目を合わせたのはその実、俺とだけであった。…ユンファ様もまた俺と同様に、目を逸らすことさえ忘れて俺の目に、魅入っていたのか――ならば本当に、俺たちの出逢いは運命ではないか…――。
 




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

BL短編まとめ(甘い話多め)

白井由貴
BL
BLの短編詰め合わせです。 主に10000文字前後のお話が多いです。 性的描写がないものもあればがっつりあるものもあります。 性的描写のある話につきましては、各話「あらすじ」をご覧ください。 (※性的描写のないものは各話上部に書いています) もしかすると続きを書くお話もあるかもしれません。 その場合、あまりにも長くなってしまいそうな時は別作品として分離する可能性がありますので、その点ご留意いただければと思います。 【不定期更新】 ※性的描写を含む話には「※」がついています。 ※投稿日時が前後する場合もあります。 ※一部の話のみムーンライトノベルズ様にも掲載しています。 ■追記 R6.02.22 話が多くなってきたので、タイトル別にしました。タイトル横に「※」があるものは性的描写が含まれるお話です。(性的描写が含まれる話にもこれまで通り「※」がつきます) 誤字脱字がありましたらご報告頂けると助かります。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

営業活動

むちむちボディ
BL
取引先の社長と秘密の関係になる話です。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

処理中です...