53 / 163
53 ユンファ様
しおりを挟む「あ、そうだ…」――ユンファ殿はまた、ふっと俺へ振り返った。…そして神妙な顔をし、俺へと。
「…ジャスル様にはこのこと、申しておりません。――というよりも、端から僕はこのこと…つまり僕の余命のことも、また長の本当の思惑も、ソンジュ様にしかお教えしないつもりです。…ただ……」
「……、…」
俺は思わず、眉を寄せた。――何故にそこまで、俺のことを。
そこでユンファ殿はふっと悲しげに微笑み、その淡い目線を――その顔を、やや伏せた。
「…もしソンジュ様が、主であるジャスル様にご報告なさりたいのであれば…どうぞ。――きっとソンジュ様は、悲しむジャスル様を見られたくないかと…それで僕は、このことを貴方様に、お話ししておこうかと思っただけなんです」
「…………」
いや、実をいうと別に、そういうわけではないのだが。
…とはいえ、ユンファ殿が勘違いしている、などとは言いがたいところである。――そりゃあ俺たちを見て日の浅いユンファ殿が、…というよりも、以前から俺たちのことをよく知っている者たちですら…、俺とジャスル様が、主従関係に相応しい感情をお互いもって正当な主従となっている、などと思われていてもまあ、それは無理もないことだ。
誰も俺の、ジャスル・ヌン・モンスへの本心を知る人はいない。――みな俺のことを、その人の従順な飼い犬だとでも思っているのだから。
ユンファ殿は複雑そうに、その伏せた顔を翳らせる。
「…これまでに迷惑をかけてきたぶん、この命を賭してでも、五蝶の役には立ちたいが…――でも、今は一番、ソンジュ様が悲しんでいる顔を、見たくないと……」
「…ふふ…、ありがとうございます、ユンファ殿……」
「……、少し、だけでも…お役に立てましたか」
ユンファ殿はそこで、嬉しそうに目を細めて笑った。
…俺は「ええ」と答えた。すると彼は俺の目を見て、嬉しい、とにっこり、満面の笑みを浮かべたのだ。…なんて可愛らし笑顔だ――と、またユンファ殿に見惚れてしまう。
「……、…?」
「…………」
俺にじっと見られて、彼はどうしたのだろう、ときょとん、不思議そうな顔をしたが――ややあって、俺たちはまた見つめ合うようになる。
俺の頭の中、俺は誰かに――『 狼と蝶、見つめあう。
ただそれだけで、蝶と狼、つがいあう。 』――あのお伽噺のこの一節を、語りかけられた。
「…………」
「…………」
ユンファ殿の後ろにある窓から、月明かりの青い光が差し込み――彼の背にもたれて、やや末広がりになった黒髪のいくらかを、その青い光が染めている。…雪のように真っ白な肌、利口そうな切れ長のまぶた、透き通った綺麗な薄紫色の瞳…しゃんとした眉に、高い鼻、ぷっくりとした赤い唇。――すっきりとした小さな顔、長い首。
「…………」
「…………」
神秘的だ――神々しいまでの美しさだ。
…それでいてじゅわりと、その白い頬を薄桃色に染めたユンファ殿は、照れ臭そうに眉をたわめ、その美貌をほころばせた。
「…そ、ソンジュ様は、…僕の魂が、淫蕩だと知ってもなお、…その、…僕の目を、見つめてくださるんですね…」
「……はは…ユンファ殿…、貴方様は決して、淫蕩なんかではありませぬ。――むしろ貴方様は、身も心も、とても清らかでお美しい。」
俺がそう言うとユンファ殿は、ぇ…と目を見開き、驚いたようだ。――俺はユンファ殿の白い片手を取り、深く身を屈めてはちゅ、と…その人の、桃色の爪先に口付けた。
「……、…、…そ、ソンジュ様…?」
あきらかにうろたえているユンファ殿――俺はおもむろに体を起こし、目を瞠った驚き顔のその人の、そのくらくらと揺れている薄紫色の瞳を見つめる。
「…ユンファ様…貴方様は神々しいほどに、とても美しいお方だ。」
「……、…、…」
ぁ…と小さく口を開けっ放しに、目を見開き、かああ…と、驚いた顔のユンファ殿――否。
ユンファ様の顔が、みるみる全体うす赤くなる。
「……ぁ、…」
俺はユンファ様を、ぐっと抱き寄せ――抱き締めた。
「…、…っ? …そ、ソンジュ様…? あの、ぁ、…ど、どういう…いや、…――ぁ、ありがとうございます…、…はぁ……」
しかしユンファ様は、震えたため息をつきながら、俺の胸板を押して離れ――真っ赤になった顔、ふふ…とその弧を描く赤い唇を閉ざしたまま困ったように笑うと、ふいとうつむいてしまった。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説

BL短編まとめ(甘い話多め)
白井由貴
BL
BLの短編詰め合わせです。
主に10000文字前後のお話が多いです。
性的描写がないものもあればがっつりあるものもあります。
性的描写のある話につきましては、各話「あらすじ」をご覧ください。
(※性的描写のないものは各話上部に書いています)
もしかすると続きを書くお話もあるかもしれません。
その場合、あまりにも長くなってしまいそうな時は別作品として分離する可能性がありますので、その点ご留意いただければと思います。
【不定期更新】
※性的描写を含む話には「※」がついています。
※投稿日時が前後する場合もあります。
※一部の話のみムーンライトノベルズ様にも掲載しています。
■追記
R6.02.22 話が多くなってきたので、タイトル別にしました。タイトル横に「※」があるものは性的描写が含まれるお話です。(性的描写が含まれる話にもこれまで通り「※」がつきます)
誤字脱字がありましたらご報告頂けると助かります。





ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる