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51 五蝶の思惑
しおりを挟む「…それは、…それは本当のことなのですか、ユンファ殿……」
およそ三十年ほどしか生きられないという、短命な蝶族のユンファ殿は――もうあと、三年あまりしか生きられない。…しかし、俺はにわかにはそれが信じられず、彼に思わずそう聞いてしまった。
もちろん俺は、今ユンファ殿に嘘をつかれただなどと思っているわけではない。――ただ、あまりにも若々しく美しいユンファ殿が、もうあと三年でその命を散らすというのがどうも、信じられぬのだ。
「……ええ。本当のことです」
俺の問いに――むしろユンファ殿のほうが、暗い顔をしているだろう俺を気遣っているかのように――ほんのりと微笑みながら彼は、それでいてその目を明るくしたままに、頷いた。
「…それは、…なんと言ったらよいのか……」
俯いた俺は今、はっきりいって複雑だ――どのような感情をいだくのが正しいのやらも、はっきりとはわかっていない。
死というものは、必ずしも悲しいことではない。もちろん悲劇の象徴でもあるが、それと同時に、死を迎えるということはある種の救いでもある。
ましてや、普遍的に三十年ほどしか生きられないという蝶族…その種族として生まれたユンファ殿は、むしろあと三年、すなわち計三十年は生きられるだろう、と言っているわけだ。…するとおそらく、それは彼ら蝶族の基準でいうところの――決して夭折などではなく――天寿を全うできる、ということに値するにはそうなのだろう。
そうは理解もしている俺だが…しかし、結局あの小屋からやっと出られてもユンファ殿は、あと三年あまりしか生きられず――いや、下手をすれば彼は、この屋敷からも二度と出られないまま、その命尽き果ててしまうかもしれないのだ。それも、あのジャスル様に身も心も弄ばれて…――結局彼は、なけなしの自由すら与えられないままに死んでゆくのか。
「…………」
顔を伏せ、勝手に暗い顔をして、勝手に複雑がっている俺を見ていたユンファ殿は――やはり俺を気遣ってか、明るいともなんともない曖昧な声で、はは…と笑う。
「……、ところで…ソンジュ様。…お伝えしたいことが、もう一つだけあります。――こちらへ来てください……」
「……? はい…、……」
ユンファ殿は、俺の片手の指先を、ちょんと冷えた指先で摘んだ。――俺は、もうその冷たい指を振り払うことはせず――彼に引かれ、誘われるままに…この部屋の奥へと歩き、入ってゆく。…そして彼はまた、寝台のあたりで立ち止まると。
立ち、俺と向かい合ったまま――俺のことを、その真剣な薄紫色で見据えながらそっと…かなり控えられた小さな声でそっと…「ソンジュ様…どうか何とぞ、今から僕が言うことを、黙ってお聞きくださいませ…」と、かなり小さな声で言った。
俺は正直、何だろうと多少身構えてはいるが、頷く。
するとユンファ殿は、またその白いまぶたを伏せた。
「……ソンジュ様にだけ、このことをお教えしておきます…。僕の寿命は、おそらくあと三年あまり…――しかしそれに関しても、…だからこそ僕が、ジャスル様の元へと、嫁がされたのでございます」
「………、…」
ユンファ殿がこう語る声は、辺りに聞こえないよう配慮をしているらしく、かなり控えめである。――そして彼は、儚げな伏し目がちのまま、更に言葉を継いでゆく。
「…きっと僕は、その三年という短い時間のなか、ジャスル様をお慕いすることはできません…――すなわち…三年の余命のうちに、僕はきっと、ジャスル様の子を身ごもることはできないのです」
「……、……」
だからこそ…――すなわちジャスル様の子を、ユンファ殿がご懐妊できないからこそ…ユンファ殿は、この縁談を呑んだ、いや、呑まされた…という。
あぁ、そういえば、さっき…――。
“「…お慕いしているソンジュ様の子ならいざ知らず、…しかし、僕はだから…」”――…俺はついあのとき、ユンファ殿を責め立ててしまった。
このままではこの方もどうなるやらわからない、そして俺の気持ちとしても、ユンファ殿があまりにも美しく、拒否を急ぐようで…――しかしユンファ殿はおそらく、このときに「だからこそ…」と、続けようとしていたのだろう。
ただ正直俺は、ユンファ殿のだからこそのその意味を、察しはじめている。――もしそれが当たっていたなら、俺個人としては胸糞悪いとすら思うが、…ユンファ殿は俺の目を見て、弱々しい微笑みを俺へ向けながら、軽くその顔を傾けた。
「…つまり…もはや命少ない僕が子も成さぬまま、三年の内、この国で死ねば…――五蝶の国と、このノージェスのことは、きっとうやむやになる…。ノージェスと五蝶の国の、この度の取り決めを…五蝶の長リベッグヤは、嫁いだ僕の死によって、うやむやにするつもりなんだそうです」
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