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39 それでもお側に
しおりを挟む「……では、失礼いたします。」
俺はうつむき、そのまま体を返そうと――この部屋の扉へ戻ろうと――したが、「待って、」…ユンファ殿に二の腕を掴まれ、また止められた。
「……っ、まだ何か?」
俺は彼を睨みつけ、ユンファ殿の、その手を自分の腕から引き剥がそうと――触れたが、筋張っている手の甲がひんやり、氷のように冷たい。…やはり、何も食べていないからじゃないだろうか、いや。
今俺は、同情などするべきではない。
それどころか、優しくもするべきではない。
「…まさか私と、慕い合えるとでも? 私は妻一筋、ましてや一夜の過ちなど、狼の私が…」
「…違う、違うのです、…そうでは……」
弱々しい顔で泣きながら、ユンファ殿はふるふる、と俺の目を涙目で見て、顔を小さく横に振った。――俺は反論の余地を与えないよう、すかさずまた低く彼を威圧する。
「人はみな、貴殿を美しい美しいとやけに褒めそやすが、…私にいわせてみれば貴殿など、全くもって美しくなんかありませぬ。そもそも男など、どうして美しく魅力的に見えようか。貴殿よりよほど、私の妻のほうがとても魅力的で、大層美しい女だ。――さあ、離されよ」
俺の言葉に、顰められたユンファ殿の目元は震えている。…しかしユンファ殿は、それでもむしろぎゅうっと、俺の二の腕を掴む手に力を込め――そして、自嘲して笑った。
「…それはわかっております、違うのです…、僕は美しいのではなくて、淫蕩なだけ……」
そして伏せられたその顔、そのまぶた、しかしあまりにも悲痛な顔をして、はらはらと涙の粒をいくつもその、…どうしても美しいその目からこぼし。
「…それに、貴方様と慕い合えるなどと…そんなおこがましいこと、これで少しも思っておりません…、当然ながら、抱いてほしいとも思っておりません…、…ただ僕は、僕は決して貴方様を、誘ったわけでは……」
「ならば離されよ。」
「…嫌…、嫌です…、せめて一晩、ただお側に置いてください……」
それでも健気なまでに、俺の側に居たいという。…眉を顰め、涙に目を細めてはらはらと泣き、これほど俺に傷付けられてもなお、ユンファ殿は――もう無視をするか。ならばと俺は、脚を動かし、無理やり扉のほうへ行こうとするが。
――やはりぐっと、引かれる。
「…行かないで、…行かないで、今だけは、お願い……」
「………、…」
そう震えた声でつぶやくユンファ殿を、俺は、――俺は結局、強く振り払うことなどできないのだ。
「……私には妻がいます。まして、私は男に恋はできぬタチの…」
「っわかっております、…わかっております…、はじめから、わかっておりました…――ソンジュ様のお名前だって、あのときに聞いたまま、ちゃんと覚えておりました……」
少し苛立ったように声を張り、また静かに言葉を継いで、眉を顰めて泣いているユンファ殿は、ぱっと俺の目を見た。――たっぷりと涙に潤んで濡れた、その薄紫色の瞳は透き通り、…悲しみに染まっているが、曇ってはいない。
「…ソンジュ…。ソンジュ様…――ちゃんと覚えておりました…。先は、本当に合っているかどうか、確かめたくて…、あの日…貴方様のお名前を知れたこと…、僕は、とても幸いに思っておりました……」
「……、…、…」
なぜ…なぜ、――悲しげに泣きながら、笑うのだ。
「それに…もちろん貴方様に、愛する奥方様がいらっしゃることも…わかっております…。ソンジュ様と想い合えるなどとは、とても思っておりません……」
「……、……」
なぜ…ほろほろと涙を、その美しい目からこぼすのに、俺のことをどうしてそう、優しげに見るのだ。
「…僕なんかに、ソンジュ様が魅力を感じられぬことも…、貴方様を困らせていることも、よくわかっております……」
「……、…――。」
困った。
…俺の胸の中が、チクリチクリと度々切なくなることが、俺はいま一番困っている。
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