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37 子を成せぬ蝶
しおりを挟むそしてユンファ殿は、キッと強ばっていた目元を、そのうす赤い顔をゆるめ――涙目、困り顔で、微笑んだ。
「…どうか…どうか今宵の間だけ、覚えていてくださいませ……」
「…………」
しかし、俺は何ら返答しない。
それでもユンファ殿は、続けてゆくのだ。
「……お慕いしております、ソンジュ様…、…」
「………、…」
いよいよそう、確かに言ってしまわれた…――ユンファ殿は、想いが決壊したかのように顔を歪め、泣き顔を伏せた。
「……僕、…僕、ソンジュ様と少しでも、…少しでもお話しができて、…本当に幸せでございました、…貴方様に、微笑みかけていただけるなんて、――本当に僕、…舞い上がりそうなほど、幸せでございました……」
「……、…、…」
泣きながら、詰まりながら、――何という。
だらり、我が腿の側面のそばにぶら下がる俺の手が、ひくり、手の指の先が、ひくりひくりと動く。――まるで今にも、このユンファ殿を抱き締めてしまいたいと、俺の肉体が急かしてくるようであった。
しかし、もちろんそんなことは許されない。――許されるはずもないのだ。…ユンファ殿の想いに応えてはならぬ。それは俺のためではなく、全て…このユンファ殿のために。
「…願わくば、貴方様に、見初めてもらいたかった……」
「………、…」
あるいは…――出逢いさえ違えば。
…俺とてきっと、こうして小さくしゃくり上げ泣く、ユンファ殿を見初めたことだろう。――あるいは俺が、狼族の長の長子のままであれば、俺は…このユンファ殿を見初め、なんの躊躇いもなく抱き締め、…娶ったやもしれぬ。
「……残念ながら、蝶は…心からお慕いしている方とでなければ、子を成すことはできません……」
ユンファ殿はおそらく、俺が返事をしようがしまいが関係なく、こうして話し続けることだろう。――俺は互いのため、制止するようはーっと、重たいため息を吐いた。
ならぬ。
ならぬのだ。――そう言ったって、朝は来てしまう。
余計に辛くなるに違いないのだ。
きっとユンファ殿は――もう何も言わぬほうがよい。もう俺なぞと話さぬほうがよい。…もう俺のことなど、俺への想いなど忘れ、すっかり眠ったほうがよい。
あくまでもユンファ殿のために、いっそ嫌われたほうがよいと、大きく神経質な、嫌なため息をあからさまに吐いた俺――それにびくん、と怯えたように肩を跳ねさせたユンファ殿は、…それでもキッと覚悟したように、その切れ長の目を鋭くし、ゴクリと喉を鳴らすと、俺を見た。
「…っ僕、…僕はきっと、…ジャスル様の子を、この身に宿すことはできません。……」
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