胡蝶の夢に耽溺す【完結】

🫎藤月 こじか 春雷🦌

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 蝶と狼は――つがい合う運命さだめ
 
 
「………、…」
 
 いや、馬鹿馬鹿しいか――たかがお伽噺なぞに、何をそう気を揉んでいるのだ、俺は。
 しかしこうして、そもそもの血族からしても俺とユンファ殿は、やはり何か、ゆかり深いものを感じる。
 その上俺と彼はその実、境遇までなぜか、とてもよく似ているのだ。…まるで寂しい二人を、あるいは神が引き合わせたかのように感じてしまうのは、きっと俺の勝手に違いないのだが。
 
 まあもちろん、子供の寝入り際に読み聞かせるようなお伽噺では、その信憑性こそ取るに足らないものやもわからぬが、しかし――蝶族と狼族は、惹かれ合う運命さだめ、か。
 
 
『 狼と蝶、見つめあう。
 ただそれだけで、蝶と狼、つがいあう。
 
 神が認めた蝶と狼、離れられない蝶と狼、運命さだめの決まった蝶と狼、永久とわのつがいの蝶と狼――強く惹かれて蝶と狼、僕らはもう、永恋えいれんのつがい。 』
 
 
「………、…」
 
 あの格子越し、ユンファ殿に見つめられたとき――俺は彼の、その透き通った薄紫色の瞳から、目を逸らすことができなかった。…主人の前で、主人が娶ろうかというお方と見つめ合うなど、本当なら身分をわきまえねばならぬ場面ではあったが。
 それこそ普段の俺ならば、自分に向けられた人の色目から目を逸らして、何とも思わずかわしてきた――そう、できていた、今までは。
 ……だというのに、あのユンファ殿の、その美しい薄紫色の瞳の前ではそのようにすることさえ、俺はうっかり失念してしまうほどであったのだ。
 
「……、…、…」
 
 そうか、なるほど…――今更ながら俺は、あのときの自分の、がなんであったのか…はっきりと自覚した。
 

 
 ユンファ殿に、…見惚れていた。
 恐れ多くも…俺はあのとき、美しいユンファ殿に、見惚れていたのだ――。
 
 
 
 それこそ他の種族に対するよりも、何かしら…――特別に惹きこまれるような何かを、俺はたしかに、ユンファ殿に感じていた。…その程度ならまあ、あのときにも自覚はしていたが。
 どれほどの美人にも美男にも動かなかった俺の心が、ユンファ殿の美貌には魅入って、震えるのだ。
 
 
 あの古いお伽噺が、人知れず俺に尋ねてくる――。
 
 
『 狼、狼よ、若き狼。
 どうだ、どうだ、お前の魂で惹かれる蝶かい。
 蝶のお羽のもようはどうだい、美しいかい。
 蝶のころころと笑う声はどうだい、心地よいかい。
 蝶が振りまく鱗粉の、その甘い甘い香りはどうだい、いつまでだって、嗅いでいたいかい。 』

 
「…………」
 
 どうだろうか。
 …俺はあえて、その問いの答えを出さぬ。
 
 しかしこう考えてみれば、愚かなことかもわからない。
 何ならこの屋敷の中で、かもしれないというのに。――ジャスル様はまさか、あのお伽噺の内容など、ご存知じゃなかったのだろう。
 
 であるから、、このユンファ殿の護衛としたのだ。
 
 ジャスル様は妄信している。
 俺が忠義にあつい狼族であり、堅物の妻帯者であるその上、自分が俺の主であると自負しているジャスル様は、まさかあのソンジュが自分を裏切るはずはない、狼の俺が主人に逆らうような真似をするわけがない、妻帯者ともあって、どんな美形にもなびかず興味もなさげな堅物のソンジュが、あの従順な犬がまさか、まさか間違いを起こし、ユンファ殿に手を出すなどまずあり得ない、と――。
 
 
 
 
 しかし――俺が狼であるからこそ、俺は。
 
 
 
 
 俺は、蝶であるユンファ殿に、――。
 
 
 
 
 
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