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15 美しき胡蝶は悲しみに沈む
しおりを挟む「さあユンファよ、もうこんな布いらぬな。…お外し、みんなに見せてやろう――その美しい顔を、いやらしく、無意識にも男を誘うその顔をな……」
――自分の美しい蝶族の側室を、この屋敷に仕える連中にただ自慢したいだけなのだろうが――そう相変わらずユンファ殿のことを貶めながら、ジャスル様はその人の薄紫色の口布へ、手を掛けた。
「…っあ、…」
すると、ぼんやりしていたユンファ殿はその人の手にビクッとして怯え、彼はそれ拒否するよう、ふと顔を横へ背けた。「なりません」と。
しかしジャスル様は「よいではないか、お前はワシとメオトとなるんだぞ、遅かれ早かれだ」と告げながら――この屋敷で暮らすなら、遅かれ早かれ召使いたちにも素顔を見られると――なかば無理やりグッと、ユンファ殿のそれのかけ紐を、彼の片耳から取り払ってしまった。
ぷらりと片耳にかかっただけになるその口布――あらわになったユンファ殿の美貌に、いつの間にやら増えていた観衆が口々、ユンファ殿のその美しい素顔へ向けて、感嘆の声をあげる。
「おお!」
「…なるほど、蝶ってのはこんな…」
「おおぉ…綺麗だ、なんともいえぬ色気がある…」
「…美しいじゃないか、なんだって顔を隠して…」
蝶族とはここまで美しい存在なのか、と驚いている者たちは多く、やはり、ユンファ殿の魔性の魅力に、目が釘付けになっているらしい。――口布が取り払われてからというもの、ざわざわと使用人や護衛たち、この屋敷の多くの者がユンファ殿の容姿を見て、各々の言葉を発している。
「……、……」
いや、確かにやはり、美しい…――それは間違いない。
朧月のように…雲のかかった月のように、うっすらと透ける薄紫色の口布で隠されていた、ユンファ殿の白い顔半分が今、あらわとなっている――雪のように白くなめらかな肌にはホクロの一つもなく、また輪郭はとてもすっきりとして、すっと筋の通った鼻は高い。…黒々とした端正な眉は物憂げで、どこか切れ長のまぶたの下にある、薄紫色の瞳に翳った色気をもたらしている。
ふっくらとした肉厚な唇は赤く色づき、まるで血を舐め回したかのような、艶のある透けるような赤…そのなめらかな白肌に、とてもよく映える。――今までは朧げに隠されていたということもあってか、俺は彼の、そのぷっくりと赤く形の良い妖艶な唇から、目が離せなくなっている。
「おぉゾクゾクとクるわ、なんと美しい…、ほほ、お前を“淫蕩の罪”で閉じ込めようという気持ちも、これじゃあわかるわい…――お前を見たときな、ユンファ…ワシは、絶対にお前を我がものにすると決めておったのだ……」
「…………」
あのジャスル様がユンファ殿に魅入って、そうため息混じりに呟いては、自分に横顔を向けて震えている彼の、その顎裏を猫にするように撫でている。…諦めたように、もう顔を伏せようとはしていないが、しかしユンファ殿は、曖昧ながらもどこか泣きそうな顔をしているのだ。――それにしても、あまたの美しい女も男も抱いてきたジャスル様が、これである。
それでなくとも大きな鼻の穴をひくひくと大きく膨らませ、大興奮のジャスル様は、声を張り上げてまくし立てる。
「…お前を一目見たとき、このか細い体を抱き締めてやりたいとたまらんくなったわ、…はぁ、むしゃぶりつきたい、孕ませてやると、この美しい蝶に、ワシの子種をたっぷり注ぎ込んでやりたいと、絶対にお前を孕ませてやるとな、――あぁこの、まだ生娘の美しい男に、我が子を幾人も孕ませてやると思うと…ぬうぅ、たまらん! 滾る、魔羅が滾るわ!」
「……、…、…」
しかし、この場に居る多くの人間にまじまじと、穴が無数にあくほど見つめられているユンファ殿は、虚ろな顔を真っ赤にして震えていた。――ジャスル様のことを、じっと悲しげに見るその美しい顔は曖昧ながら、今にも泣き出しそうなほどの恥辱が滲んでいる。
するとそこで、ジャスル様はチラリと俺へ目線を転じ、ニヤリ――いやらしく目を細めた。
「…おい、どうだソンジュ…? 堅物のお前とて、さすがにこれには、クるものか…?」
「………、…」
俺の名――ソンジュ――を呼び、からかうようなジャスル様に、俺はおもむろに頷いて見せた。
ユンファ殿はまして、髪というごまかし無しにも、これほどに端正で美しいが――しかし、あくまでも俺は今、主人におもねただけである。
そして、それを見抜いているジャスル様は「これでも唆られぬか。やっぱりつまらん男よなぁ、お前というのは…」となかば呆れ、またユンファ殿へと目線を戻した。
するとその人は、先ほどよりもカアッと顔を濃く赤らめてジャスル様に振り返ると、忌々しげに眉根をひくつかせながら、泣きそうな顔で「…もうよろしいでしょうか…」と、小さな声でジャスル様に問うた。
それでもジャスル様はニヤニヤとするだけで「ならぬならぬ、もう金輪際口布など着けるな」と、ユンファ殿のそれには応じず。
その間にもやいのやいの、こっちに来い、あの蝶族だ蝶族を見れるぞ、ぞろぞろとどんどん集まってくる人々に、いよいよ耐え切れなくなったか――当然である、これじゃあ見世物同然なのだから…――ユンファ殿はパッと口布を鼻まで上げ、慌ててかけ紐を片耳にかけなおした。
そして、泣きそうな小さな声で「恐れ多きこと…」と言いながら後ずさって、彼はジャスル様へ向け、深く頭を下げた。
「…恐れ多きことでございます…」
するとそのようなユンファ殿にも、ニヤニヤと――もはや恥もせず、服の上から己の膨らみをまさぐりながら、ジャスル様は舌なめずりをした。
「…恥ずかしがりやなお前も可愛いぞぉ、ユンファ。あぁ楽しみだ…たんとワシの子供を産め。いいか、美しい赤子を三人ばかり産めば、お前が正室――いや、お前は特別に、何人でもワシの子を孕ませてやるわ。…しっかりまんこの用意をしておけよ、楽しみにしておくがよいわ! ほほほ!」
「……、はい…」
「…………」
俺は、その人のことを横から眺めていたばかりに、見てしまった。
深くお辞儀し、下げられた頭…ユンファ殿のうす赤い端正な横顔が、絶望に近い悲しみに沈んで、震え――またぽとり、輝く美しい涙の粒が一つ、この屋敷の大理石の床へと落ちていった、その様を。
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